暦では大寒を過ぎたばかりだ。

日中の気温がプラスになることはほぼなく、外に出るだけで鼻の中がくっつくような寒さである。

登山口の気温はマイナス10度。

一旦立ち止まると、山頂付近に住むのであろう雪女の吹き付けた息が真っ先に手の指と足の指を凍らせる。

まだ積雪の足りない山肌で、スノーシューの足元が、表面に顔を出すハイマツの枝に絡め取られる。

夏ならば、あっというまに登って降りて来られる散歩道のような山でも、冬になると途端に難易度を増す。

それでも先ゆく人のラッセルの跡をトレースしていけるのだから、かなり楽な方であるのだろう。

もしこれが、新雪のあとに初めて登る人になってしまったら、踏み固められない雪を必死に漕ぎ続けながら行かなくてはならないばかりではなく、どこへ進めばいいかわからず、迷子になってしまったことだろう。

宮城県と山形県の県境にそびえる蔵王連峰では、"アイスモンスター"と呼ばれる樹氷が有名だという。

空気中の水蒸気が運ばれて、木にぶつかって凍りつき、それは一定方向の風に吹かれ続けることによって、氷塊が風上側に成長していくのだという。

針葉樹に着氷し、真っ白なオバケのような姿に変貌したその様には、普段、雪に覆われる街に住んでいる私ですら、驚きを隠せない

枝葉に張り付き、やがて独自に成長した氷塊は、よく見ると美しい結晶を持ってきて、その凹凸に太陽の光が乱反射し、キラキラと銀色に輝くのだ。

ハイマツのダンジョンをクリアすると、なだらかな稜線に出る。

湖からは煙が立ち上り、まるでそこは温泉のように暖かいのではないかと錯覚する。

顔を掠める感触の違和感にふと自分の目線を右にやると、帽子からはみ出た髪の毛の一本一本が真っ白に凍っていた。

ネックウォーマーの隙間から吐き出した息が、風下である右頬に吹き付け続け、それは過冷却状態になり、私の髪の毛に着氷したのだった。

私は、アイスモンスターになった自分がただの物体であることに改めて気付く。

しかし、動き続けることで巡る血が、いつの間にかあの凍えた手と足の指を溶かしていたから、私は自身の意志でエネルギーを循環させることのできる生命体でもあるのだと確信し直すのだった。

終始、無風のままで私たちをここまで運んでくれた山は、山頂辺りに来ると、ご褒美のようにダイアモンドダストを見せてくれた。

自分が立てた音すらも、反響する前に雪が吸い込んでいく。

色はモノクロで、命の気配すらない。

静寂の中で佇んでいると、すぐに手足は凍りつくように痛い。あまりの寒さ、そして疲れに眠気すら起こってくるほどだ。

雪女はいると思う。

極度の疲労で一歩も前に進めなくなった遭難者の男の朦朧とした意識の中で、あのアイスモンスターは美しい女の姿に変身し、自分と交わろうと誘惑してくる。

その雪女の手に触れるとその先は、俗世界とは対極に位置する自分と他者の境目のない聖なる領域であった。