世の中の事件に「知らないふり」を決め込む理由 | すなおに生きる

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そんな生き方をしている私の
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なぜ私は世の中で起きている悲惨な出来事に対して

知らないふりをするのか。という話をします。


結論。


怒ることしかできないからです。

悲しむことしかできないからです。

祈りの気持ちよりも、そちらに引きずられてしまうのです。



で、

具体的に何かできることがあるわけでもなく

あるのかもしれないけど、そこまでの関心がない

というのが本音。



まだまだ自分のことで手一杯

それぞれのペースがあるとはわかっていながら、

時に恥ずかしくもあるね


まあ焦ってもしょうがない

自分を助けないと人を助けられない


 
けど怒ることすらせずに 

「知らないふりをする」というのは

なぜかと言うと


それに対して怒ったり、

悲しんだり

嘆いたり


すると

そこにエネルギーを流して

そいつを増幅させちまうからだよおお


それはしたくないの!



例えばFBでコンチキショウって思うような

政治の話とか

個人の話とか

事件の話とか

色ッ々あるけど

それに対してリアクションしたり

シェアしたり

自分もそれについて批判をしてみたり


そういうことしたって、

それを広めて

同じような意見の人を増やすだけなんだな


少なくとも今の私の発達段階だとね



現状を知らせる、広める

ということに意義がある

んだろうな


とも思うけど

私がやらなくてもほかの人がやっている

それも、多くの場合

強いエネルギーを放って、感情的に。


感情的にならずに広める

という高度なことが

今の私にはできねーなと。


わかっているから、やらない

そんな風に世の中を見ています
 
 

なんていうか勝手だけど

「思考はエネルギー」

「エネルギーを向けたものが増幅する」

っていう自然摂理が

もっと普通のこととして

大勢の人に浸透すればいいのに~


単純に「愛を広げましょう」とか言っても

スピにも興味なくて

量子物理学について聞いたこともない人には

おそらく深いレベルでは伝わらん場合が多いからなー