実際、自分が欲しいものを先にやっている人が
自分の五感で感じられる範囲(=自分の現実)に入ってくるって事は
ある種呼び水みたいなものなんだろうな
次は私。次は私。
「ぎゃーーーーーチクショー妬ましいぃぃい!!」という反応もできるけど
「えーいいなー。私もやろ♡」という反応をする方に
自分を仕向けてゆこうそうしよう。よし。
ちょい話変わるが
感情って軽い重いあるよね
みんな体感してると思うけど。
上記したことで言うと
「羨ましい」は重くて
「私もやろ」は軽いよね
軽やかな方が
断然、実現へのステップも楽チンな気がする
で、何で感情(ここでは特に自分の願望に対する心の反応)が
重くなるかっていうと
「素直」じゃないから
本当に純粋な願望って
それ自体はすごく軽やかなんだと思う
でもそこに
「いやそれを達成するためにはこれが必要だ」とか
「そんな事望んじゃいけない」とか
「自分にはそれが値しない」だとか
いっぱいいっぱい色々なマインドがくっついて
ずぅぅ~んと重くなる
みたいな感じがする
うっっっせーーーーーーや
今までバカ丁寧にそういう言葉に耳を傾けてなだめてやってきたけど
なんかもう、うっさい(笑)
何かを叶えるには
そのマインドに付き合ってあげて
それらを納得させてあげてから、じゃないと
願望に手を出せないと思ってた
や、それ自体がマインドの声じゃんねww
マインドの声に耳を傾けるのも全然いいし
それが必要な時だってあるんだけど(見ないふりしたって仕方ないからね)
でも自分の本音に耳傾けてあげないでそっちばっか聞いてたって
本末転倒やんね
本音を聴く耳を持とう
その訓練をしよ
マインドの声がそれを邪魔してくんのさえ最終的には楽しも
軽いのがいいから。
そういや小六の卒業間際に担任の先生が生徒一人ひとりに
座右の銘を聞いてそれを色紙に筆で書いてくれたけど。
私はただ一文字
「風」
だったな
自由で軽やかなのがいい