入院が決まってからというもの、平日は仕事と術前検査、土日は子供たちの試合や習い事といった日常に加え、家の断捨離に追われる日々でした。そんな目まぐるしい準備期間の中で、私が「やってよかったこと」と、あえて「やらなかったこと」を振り返ってみたいと思います。

1. 平常心を保つために「やってよかったこと」

 やはり病気のことを考えると、どうしても子供たちのことが心配になり、気持ちが沈んでしまいます。職場からは「準備もあるだろうから、もう少し前から休んでもいいよ。」とありがたい提案をいただきました。しかし、私はあえて入院の前日まで仕事を続けることを選びました。仕事をしていた方が余計なことを考えずに済み、気持ちが紛れると考えたからです。結果として、私にとってはこれが平常心を保つために大正解でした。

 また、このタイミングで、地元の図書館から半年ほど前に予約していた本の「用意ができた」との連絡が入りました。「なぜ今このタイミングで……」と思いましたが、キャンセルすればまた半年待ちです。重い腰を上げて借りに行き、隙間時間に読み始めてみると、その世界にすっかり没頭してしまいました。現実逃避と言われるかもしれませんが、病気のことばかり考えていても事態が変わるわけではありません。「本の世界に入り込んで楽しく過ごす時間もアリだな!」と気づき、この機に読みたい本を次々と借りて読むようになりました。

 そしてもう一つ、個人的にとても効果的だったのが、婚約指輪を普段使いすることです。 術前検査の日(day6)、不安でいっぱいだった私は、20歳の時に祖母からもらったネックレスと、主人からもらった婚約指輪をお守り代わりに身につけていきました。病院の長い待ち時間、ふとダイヤのキラキラした輝きが目に入ると、それだけで不思議と気持ちが上向いたのです。「我ながら単純だな。」と思いましたが、それからは気分を上げるために、結婚指輪と重ねて毎日つけるようになりました。宝の持ち腐れにするくらいなら、今こそこの輝きからパワーをもらおう、と思っています。

2. 不安を広げないために「あえてやらなかったこと」

 逆に、徹底して「やらなかったこと」は、インターネットで卵巣癌について検索することです。 今の時代、調べれば5年生存率や再発率など、あらゆる情報が目に入ります。しかし私の場合、手術前にあれこれ調べてしまうと絶対に気持ちが落ち込み、それでいて検索の手が止まらなくなることが目に見えていました。そのため、頑として調べませんでした(代わりに主人が色々調べてくれていたようです)。主治医の先生の説明に納得し、信頼してお任せしようと思えたことも大きかったです。 これについては人それぞれで、セカンドオピニオンを検討したり、治療方針を先生と議論するために知識が必要な場合もありますが、あくまで「私の場合」これがよかったように思います。

3. やりたかったけれど、あえて「控えたこと」

 ネット検索を断つ一方で、「がん封じ」や「病気平癒」の神社があることを知り、そこだけは調べて行きたくなってしまいました。 しかし、週末に子供たちを連れて遠方の神社へお参りする時間的な余裕はなく、何より手術前にコロナなどの感染症にかかって手術が延期になるリスクは避けなければなりません。主人からも「僕がどこかで代わりにお参りしてくるから、今回はあきらめよう。」と諭され、参拝は断念しました。

 ところが後日、驚くような出来事がありました。私が行きたかった神社の「お守り」が、職場の上司、姉、そして病気のことを伝えていた唯一の友人から、次々と手元に届いたのです。図らずも届いた温かい真心に、感謝の涙がこぼれました。

周りの優しさに支えられていることを実感した今、「必ず病気を治して、今度は自分でお礼参りに行こう。」と強く心に誓っています。