1981年、橋田壽賀子「おんな太閤記」豊臣秀吉の正室、おねの生涯を描く。

2011年、田渕久美子「江」徳川秀忠の正室、お江の生涯を描く。

放映された時期は1世代違うが、どちらも、ほぼ同時代に生きた女性が主人公で、脚本も女性によるもの、という共通点がある。ドラマだから必ずしも全て真実を伝えろ、とは言わないが、真実を考慮した上で物語を創る脚本家の腕の見せ所でもある。「おんな太閤記」以後、数々の歴史的発見があり、それらが「江」に反映されているのも興味深い。

どちらも、良くできていて感心するが、やはり歴史的事実の解釈に関心が集まる。勿論、同人物の配役が異り、その個性も興味深い。

まずは主人公

おね(佐久間良子) - お江(上野樹里)

佐久間は、穏やかで秀吉の急進的な行動に翻弄された乱れを修復し、気配りの長けた女性を演じる。しかし、時には強い意志を持って、秀吉の奇行を諌める。生涯、秀吉に付き添った献身的な女性として描かれる。

実際は、豊臣政権で各所に大きな発言権を持ち、方言で捲し立てるような、豪気で活発な女性だったらしい。佐久間の演じる、おねは、しとやか路線に変えたようだ。お江の役は五十嵐淳子が演じる。秀吉が柴田勝家を攻め滅ぼした後、後妻の市の連子の浅井三姉妹(茶々、初、江)を、おねが面倒を見る。


一方、江は、自分の心の命ずるままに、ことあるごとに意見し、周囲に運命を翻弄されながら、天下太平を夢見て、それに突き進む「希望」として描かれる。江と関わることで、織田信長、明智光秀、千宗易、豊臣秀吉、石田三成、徳川家康といった人物の本性を描こうとしている。上野は、「それは•••」「されど」を頻繁に用いることで己の意思を表現する。

江に関しては、悋気、竹千代の乳母の福との確執、国松の溺愛など有名であるが、どれも証拠はない。父浅井長政、母のお市の方、姉の茶々が長身だったと推定されるのに対し、江は小柄で華奢だったことが骨から分かっている。気丈な母や姉とは性格が違っていたのかもしれない。徳川の御台所でありながら、叔父の織田信長、大阪夏の陣で散った淀•秀頼らの菩提を弔った記録があるので、更に菩提寺が火事で消失しても再現したというからも、家族を大事にする優しさを感じる。運命に翻弄され、幾多の苦境を乗り越えて来たことを思えば、立派な人物であったに相違ない。ドラマでもその片鱗が見られる。田渕の創作であったとしても、それはそれで良いと思う。

おねの役は、大竹しのぶが演じる。佐久間とほぼ同じ、おちついた感じである。江とは長い付き合いになる。


織田信長 藤岡弘- 豊川悦司

藤岡の信長は、明け透けなく、気さくである。おねには、藤吉郎(秀吉)の女癖の悪いことについて、文を送り、藤吉郎にもきつく戒めた。おねが信長の子、於次丸を養子に欲しいと言うと承諾した。信長は盆踊りが好きで民衆と踊ったと言うが、そうしたお祭り男の感じは、藤岡に合っている。


一方、豊川の信長は、近づきがたい、魔王のような存在である。江は、父の仇と知りつつ、叔父の信長にあこがれるのである。豊川も武将には足蹴にするぐらい手厳しい態度なのに、女性や千宗易には信じられない程優しい。江は、ことあるごとに、信長に意見し、信長も真摯に応える。信長の数々の残虐な行為も、信長の口から事情を説明されると妙に納得してしまう。その一つに、攻め滅ぼした浅井長政親子、朝倉義景の首を薄濃(はくだみ)にしたものを酒宴に供した話がある。これまで残虐の極みとされてきたが、ドラマでは首に化粧をして勇敢なる敵将を讃える風習によるという学説をとった。


実際の信長は、若い頃こそ奇行が多く「大うつけ」と呼ばれたが、長じては、周囲の評判を気にし、朝廷とも強調路線をとったとされる。神仏を敬い、家臣の話も聞いたそうだ。ただし、権威を頼みに金を儲ける一部の僧達には我慢がならなかった。安土城の夜間ライトアップは、優れた企画力を示唆する。海外にも大いに関心があった。もし、信長が本能寺で潰えなかったなら、海外に進出したろう。豊川は、こうした新しい信長像をある程度示してくれる。


市  夏目雅子- 鈴木保奈美

どちらも、役作りはほぼ同じである。市は天下一の美人で、しかも聡明であったと伝えられる。配役も美形が担当する。浅井長政と政略結婚させられたが、その後、長政が裏切ったため、城を攻められ長政は自害、市は2人の娘(茶々、初)とともに、助け出された。ドラマでは江が戦の最中に生まれ、印象的な効果を狙ったが、江はこの後、岐阜で出産と記録に残る。長政には2人の息子がおり、秀吉に殺されたことで、市は秀吉に恨みを抱くが、抑も市の子供ではないと考えられている。秀吉が明智光秀を討った後の清洲会議で、市は、秀吉の仲介で柴田勝家に嫁ぐ。ドラマでは、秀吉は市に片思いをし、勝家に嫁ぐことを知って地団駄踏むが、史実は違うらしい。「江」では、市が柴田勝家と城を枕に死んだ後も、鈴木保奈美がナレーターとして存在感を保つ。


明智光秀 石濱朗- 市村正規

石濱は、従来の光秀像を演じる。信長のパワハラに耐えかねて謀反に至る。市村の光秀は、謀反の理由として挙げられる複数の原因に直面し、他にも道がないとして、謀反に踏み切る。しかし、江に「何故、叔父上を」と問われ、「分からない」と答える。森蘭丸から、信長は後継は光秀しかいない故、精神的に強くなってもらいたいが故の仕儀、と手紙を貰い、混乱し後悔をしている。「江」では、概して悪人は作らない気がする。江が本心を引き出すのである。


(続く)