割とゴースカのためにシフトの時間増やしたりしてがんばってるため、ヘロヘロになってます。今月ずっとそんな感じ。そのためブログも省エネモードになってます。今月はマサムネさんへの愛を叫ぶ月間。考えないで書けるのがそれだけでした。
まあ、ふだんから考えてるかと言われれば、どちらかと言うとお花畑な内容のないブログではあるのですが。
ただひとつだけ言い訳させて貰えるならひとつブログ書くのにめっちゃ時間はかけてます。長い時は本文作成1時間、推敲1時間‥的な。
で、省エネモードで書こうとしたのですが、bridge読むのに時間がかかってしまって結局今日の更新になってしまいました。
はい。今日は言い訳が長いです。
bridge vol.65 AUTUMN 2010
草野マサムネ 「スピッツのロック・アルバム」 、『とげまる』インタヴュー!
この号が心の支えみたくなってます。でもまあ、この頃私、スピッツから少し離れてて、マサムネさんは幸せに暮らしてるのだろうなと勝手に思ってたのですよね。それがちょっと違っていたことにあとから驚きました。
まあ、それはそうだよね、とあとから考えてみればそう思うのかも。
もうちょっと言うと、とげまる期って私、スピッツは聴いてたんですが、ベルゲンは抜けてたのですよね。なのでリアルタイムでの詳しい感想が書けなかったりするのですが、bridgeは子どもの頃からラジオで慣れ親しんでた渋谷陽一さんの編集なのであらためて読んでて面白かったです。
本文はとげまるがいかにロックなアルバムであるかを、渋谷さんがひとつひとつ例をあげて検証していくといった感じだったのですが、スピッツの初期はフェティッシュな歌詞で構成されていたのが、より断定的なロックな歌詞に移行してきたのではないかということでした。
この頃からスピッツのアルバムの在り方も変わってきてたようで、この頃で言う1曲買いに耐えられるような、抜きのない編成にスピッツのアルバムも変化してきてたようです。
この頃はまだサブスクもなかったのかな。マサムネさんはiTunesを利用してたとのことでした。
歌詞に関してはマサムネさんによるとメロディーが呼んだということですが、私も『つぐみ』の『愛してる それだけじゃ 足りないけど 言わなくちゃ』という歌詞にびっくりした記憶があります。
前にスピッツのインタビューで「愛してるという言葉を使わずにそれをいかに表現するか」についてマサムネさんは熱く語ってたと思います。なので‥。
そっか。直接的な歌詞はとげまるからだったか、ってあらためて思いました。あとマサムネさんが説教臭くなった。って語ってましたが、その変化はやっぱり私も感じてて私にとっては好ましい変化であったと思います。
割と渋谷さんのインタビューだからなのか、難しいんですけど入りやすかったです。
アプローチも面白いとも思いました。
ロックの文脈というのでしょうか。それをマサムネさんが無意識的にでも使いはじめたのが、この頃からだったのかなと思いました。
「ここまで来たら、死ぬまでやんねえと、っていうふうにも思うし。理想のロックじじいになる覚悟ですよね」というマサムネさんの言葉も象徴的。
写真入れて全36ページかな。マサムネさん、この中の衣装でビーサンだったりして、ふだんの夏のマサムネさんって、前ビーサンだって言ってたけどこんな感じ?って思いました。
マサムネさん目力強いです。それは変わらず。やっぱりカッコよかったんだな〜って、あらためて思いました。
ああ、また渋谷さんのインタビュー読みたいな。
ま、私が書くとせっかくのインタビューもカッコよくはないのですが。
とげまるのアルバムの歌詞については意識的ではなかったにせよ、断定的ではないとその時の気分ではなかったんですって。
それもドキドキしてしまうけれど。
もう1度ちゃんとこれまでの雑誌読み返してみようかな。今ならわかることもあるかな。
なによりマサムネさんの考えてることの一端が少しでもわかるのは嬉しくて楽しいです。
勉強にもなるしね。
このとげまる発売時にはロックという意味で、スピッツにおいて象徴的だったのが『ハヤブサ』とこの時の『とげまる』だったのかなと思います。歌詞も洋楽ロック的でもあったようです。
ようです。って‥笑
そういえば三日月ロックからツアーには参戦してたのですが、この前のさざなみCDの頃からスピッツのトンガリヴィレッジに登録したり、ツアーに何度も行ったり。
とげまる前に1度離れてしまったけれど、スピッツとの関わり方が少しだけ変わったかなと思えるのがそれ以降だったような気もします。
とげまるの頃は確かmixiで文章書いていて、ブログはじめたのはこのあとの2011年9月からでした。その年に新木場サンセットに初参加。思い出すと懐かしいです。
今日はそんな感じです。

