今日であの震災から2年になります。今もツラい現実は続いています。
ただ、最後まで話を聞いた上で判断してほしいし、誤解されることを承知で言わせていただくならば、昔語りに意味はないです。
これは、過去を見つめ直し、その上で未来を築いていくならば、過去の話は忘れるべきではないし、そのための昔語りならば必要であるということです。
そうしたツラい過去の反芻、あるいは振り返りがなければ未来に向けて気持ちを切り替えることも、気持ちの整理をつけることもできないからです。
私自身、ついこの間まで「どうすれば、幸せに笑っていられるようになるのかわかりません」と言って泣いていました。
もちろん、私には支えてくれる人達がいて家や家族や友達ごとなくされた被災地の方の苦労に比べれば、遠く及ばない悩みなのかもしれません。
ただね、私も過去、すべてを無くすような気持ちになったということだけ伝えておきましょう。
それでも、必ず、救いはあります。
まず自分の気持ちを形にすること。誰かに話すのが困難であれば、紙に書き出してもいいでしょう。非公開で…できれば公開で、ブログにしてもいいと思います。
その振り返りの作業の先に何か、見えてくるものがあるはずです。私の場合は人に相談したり、友達に今の気持ちをメールしたりしました。こんなに人に心を開いたことはかつてなかったです。
自分の気持ちを形にして誰かに言葉をもらう…これが、これほど心のわだかまりを溶かすきっかけになるとは思いませんでした。
行政や各種支援団体にはそのサポートをしていただきたいと思います。
今現在もまだ私自身ツラい状況は続いています。
でも、今までと明らかに違うのは、そんな状況でも未来に希望を持てるようになったことです。
確かにかすかな光かもしれません。
でもね、闇の中にいる間は見えなかったことが、今はわかるような気がするんです。
環境の変化は自分自身の気持ちの変化によるところが大きいです。今現在、暖かい人達に接していただいているということも大きいですが。
今、ツラい状況にいる人ほど過去を整理する必要があるのではないかと思います。…だって、私自身がそうだったんだもの。
今現在、ツラい状況にいる方。どうか過去を忘れるのではなく、未来へ向けての心の糧として大切な思い出へと変えていただきたいです。
さんまさんの言葉に「生きてるだけで丸儲け」というのがありますよね?
亡くなった方の分まで生きていくことは今、生きている者の、権利であり、義務です。
死んでしまったら悲しいと感じることすらできなくなるのですから。
どうか、昔語りを、過去を慈しむことに変えてはもらえないでしょうか。
私はあの時、死ななくて本当に良かったと、今は思います。
…だから、今を生きてください。
時間はかかると思います。まわり道もするでしょう。でもきっと、生きてる限り、未来はあるはずだから。
次の更新はいつもの私に戻れるかな?今は気持ちがかなり回復していることも皆さんに伝えておかなければね☆
そして、明日は必ず来るから…それを信じて歩いていきましょう☆
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