ワイアット・アープ考(パート1)
 
 映画「OK牧場の決闘」(1965年)で有名なガンマンで保安官のワイアット・アープの実像については、善人説、悪人説さまざまである。あれだけのガンファイト、修羅場を生き延びてきた理由には、ガンマンとしての腕前のほかに、彼の戦略や用心深さがあったであろう。日本で言えば宮本武蔵のように。 晩年はロサンゼルスに住んだと言われる。1929年1月13日、80歳で亡くなる。当時としてはかなりの長寿といってよい。
 
      20代の青年                               33歳
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       (ケビン・コスナーに似ている! えっ、似てない?
 
 先月(4月)、カリフォルニア州のサンディゴの長年の知人宅に10日間ホームステイした。JAL提供の現地ツアーの集合場所がUSグラントホテル、そこにワイアット・アープの話(伝説)が登場した。
 このホテルは第18代大統領ユリシーズ・グラント将軍の息子ユリシーズ・グラントjr が1910年に設立した。この時期にロスから遠くないサンディエゴにワイアットが来ても不思議ではない。(ワイアットは1887年から4年間サンディエゴに在住、不動産取引をしていたが、その頃はグラントホテルはなかった)
 
 
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             USグラントホテル
 
 グラント将軍の肖像画の額をワイアットが拳銃でぶち抜いたそうだ。肖像画はもともと右側写真の階段の踊り場にあったのを、この事件の後修復して地下のギャラリーに展示してある。 ホテルのスタッフに案内してもらったのだが、ワイアットがなぜぶち抜いたのか、冗談なのか、腕前を誇示するためか、残念ながら聞き漏らした。
 
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 (修復した肖像画)        (肖像画は階段踊り場にあった)
 
 トゥームストーン(アリゾナ州)でのガンファイト(OK牧場の決闘)の後、ワイアットは、3番目の奥さんジョセフィンとともに各地を転々としている。転々と言っても目的は明確。それは商売、投資である。ゴールドラッシュに沸く町で酒場やレストランを買収、投資した。1910年ごろに彼が拳銃を振り回していたとは思えないが、西部のレジェンド(伝説)として受け止めたい。パート2では、彼の実像に迫る!!!