2014年9月28日(日)
テンハルでの撮影を終え、次の目的地である大分県日田市へ高速を使って移動
。
日田ICで下りて向かった先は、日田天領水の里「元氣の駅」です。
以前から気になる場所ではあったんですが今回ようやく立ち寄ることができました。

単なる『産直場』と侮ることなかれ
日田天領水の「水分」が豊富なのはモチロン、「鉄分」も豊富なのでございます

寝台特急富士が展示されています。





残念ながらテールマークはありませんでした。
1964年10月1日に東京駅 - 大分駅間で運転を開始。
翌年10月には日豊本線経由で西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)まで延長し、
東京駅 - 西鹿児島駅間1,574.2kmを24時間以上かけて運行する日本最長運転の定期旅客列車となった。
1980年10月には運転区間を宮崎駅に短縮、1990年3月には南宮崎駅までに変更されたが、
利用者の減少が続き、1997年11月には大分駅まで短縮された。
2005年3月には東京駅 - 門司駅間で「はやぶさ」と併結運転を開始したが、
運行後期は乗車率が低迷しJR九州によると2007年度の平均乗車率は約20%(1989年時点と比べ約4分の1)
1日の平均利用者は百数十人にまで減少し、2009年3月14日に廃止された。
翌年10月には日豊本線経由で西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)まで延長し、
東京駅 - 西鹿児島駅間1,574.2kmを24時間以上かけて運行する日本最長運転の定期旅客列車となった。
1980年10月には運転区間を宮崎駅に短縮、1990年3月には南宮崎駅までに変更されたが、
利用者の減少が続き、1997年11月には大分駅まで短縮された。
2005年3月には東京駅 - 門司駅間で「はやぶさ」と併結運転を開始したが、
運行後期は乗車率が低迷しJR九州によると2007年度の平均乗車率は約20%(1989年時点と比べ約4分の1)
1日の平均利用者は百数十人にまで減少し、2009年3月14日に廃止された。
中も見学できるようになっています。


ちゃんとスタフも掲示されています。


先頭客車から機関車側を見るとこんな感じです。

A個室:シングルデラックス

各部屋に洗面台が付いているのはシンデラの特徴。混雑に遭わず朝の身支度ができるのは
嬉しいです。自分も「あけぼの」のシンデラに一度乗車しました。

こちらは隣の部屋。イス(寝台)の向きが逆です。
進行方向に向かって座ることができるかというのはけっこう大事なこと。廃止前は難しかったけど自分は可能な限り進行方向に向かって座れる席を確保していました。(まぁ~寝てしまえばあまり関係ありませんが・・・)











こういうパネルを見ると改めて「ブルトレ」の歴史を感じます。


仕事の合間を縫って車掌さんがこういう「記念乗車証」を作られていたのも嬉しいですね。

昭和後期、はやぶさ単独運行の頃の乗車記念証(博多車掌区作成)
食堂車&ロビーカーが連結されていました。
