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先週の読売新聞をまとめ読む週末のルーティンに取り組んでますビール星人2号のブログ-o0020002011531772434.gif
 
 
 
2011.3.11  14:26
 
 
 
このことに絡んだ思考は、不思議なくらいいつもなんだか曜日や時間の感覚が歪んでしまう。
 
 
例えばこの日付の新聞、一面をみて、正直思ったのは「そうだったか。一年は、まだ先週のことだったか」だった。
 
 
個人的に先週は、三週間越しでかなり厳しい仕事に夢中になって取り組んでいたせいもある。
 
また「私の人生の一部ビール星人2号のブログ-DIMG0089.GIF」Jリーグディビジョン1の開幕戦と、第二戦に挟まれてたこともある。
 
だけどきっとそれだけじゃない。
 
 
あの震災がもたらしたもの、引き起こしたこと、図らずも明らかになった生きていくことの「はかなさ」
 
それに立ち向かう人達の勇気、強さは、美しく誇り高いものだ。
 
反面、そんな強くなれない、支援したくてもできない、そんな自分への言いしれない罪悪感というか、気持ち。心と実際にやってることへのギャップの後ろめたさ?
自分へのダメダメ感?とでもいうのか。
 
 
いずれにしてもあの日起きたことが余りに人知なるものを遥かに超えた出来事だったから
 
そのことを考えると足元や日常のことから乖離してしまう。
 
もっと言えば、大きすぎ、答えがない、あまりにも難しすぎて。
そのことから逃げたくなってる。
いまの快楽?に目を奪われてるなら、そのままでいたい、みたいな。
 
「あれ?先週だったか」
そう思ったとき、気づいた。
きっと僕は、心の奥底ではあの大震災を避けたい。
 
亡くなった方、失われた日常、そして放射性物質、原発のこと。
 
間違いない。どれも難しすぎることだから。
 
 
でもそれは悪いことじゃない、仕方ないとも思う。
 
悲しみや無力感をいつまでも強くは持ち切れないよ。
まるで傷が癒えるように。たくさんの時間がかかるかもしれないけど。
 
 
そんな弱い僕らだからこそ、かつて、詩人・相田みつをはこう詠んだのだろう。
 
 
「にんげんだもの」
 
 
 
あの日を絶対に忘れない。
だけど、にんげんだもの。
 
 
「頑張らないと忘れちゃう」
 
だから何もできなくていいから、まずは何としても忘れずにいることだ。
 
 
そして日頃からつねに支援したいと思い、日々出来ることがあれば、それをつづけ、常に支援することの機会を失わないこと。
 
 
 
改めて、誓いたい。
絶対に忘れない。
 
 
僕も弱いにんげんだもの。
 
こうしてテキストにすることもまた自分へのエールとなるビール星人2号のブログ-o0014002011616670004.gif