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連続200本安打は11年目で途切れたけれど、だからといってその存在が決して陰る訳ではない。ビール星人2号のブログ-o0020002011212905317.gif
 
今朝の日刊スポーツには、全日程を終えた直後のイチローの一問一答がすべて掲載されている。
 
 
彼にしか見えない境地。彼が感じたこと。
 
それを一般人の我々が理解するには相当の時間とともに、ジャンルは異なるけれど我々は我々の世界の中で類似する志(こころざし)をもち、かつ長きにわたるプレッシャーを経験しなければ、ほんとうの意味でイチローの言葉は理解できないのかもしれない。
 
たまたま昨日手にとったJR東日本の車内誌トランヴェール9月号で角田光代さんが似たような人間の感覚のことを語っていた。
曰く、東京に生まれ育った人は地方からみた東京の「遠い」という距離感が分からない。
また、どこに行くにも「行き」「帰り」であり「故郷に帰る」感覚が持てない。
イチローを理解しようとすることは、このような違いを理解しようとしていることなのかもしれない。
 
そしてまだこれからもイチローの旅は続く。
 
それはどこを目指す旅なのだろうか。
 
 
ひとつ改めて認識しておきたいことは、もう僕たちははっきりと言える、ということだ。
 
それは僕たちがもっとトシをとり、ひょっとして孫たちに囲まれるようになった頃に、きっとこんなふうに自慢しているだろうということを。
 
「おじいさんはね、イチローが現役の頃、生でイチローのプレイを観ていたんだよ」と。
 
希代の打者イチローと同じ時代を生きていることに改めて感謝しつつ、いつまでも彼のプレイを見続けたいと改めて思う。
 
 
記録が途切れたところで、他にまだイチローほどの素晴らしいプレイは見られないのだから。