僕はいまもイラブが大嫌いだ。

それは彼の高校時代に遡る。
甲子園の舞台だった。
香川・尽誠学園の投手でプロ入り確実と評判だった彼は、何てことのないチームに見事に打ち込まれ大敗を喫した。
そのマウンドのことだ。
明らかにふて腐れ、適当に投げていた。

彼を止めるべき監督に動きはない。
テレビ中継するNHKの解説者は珍しく苦虫を噛み潰したように「伊良部くん、いかんです。」というようなコメントを連発していたのを記憶している。

僕は思った。こんなヤツがプロで大成するはずはない。

ところが。
いつの間にかロッテで結果を残したばかりではなく、当時日本最高の強打者、清原和博に投じたストレートの球速は日本最速の「158キロ」

彼の陰での努力が伝えられるにつれ、僕のヤツへの「嫌い」は「アンチ」へと変化した。
「アンチ」とは「好き」という感情が複雑な変換を経て生成されるものだ。

1996年、ヤツはついに、ニューヨークへ。
1998年には、そのヤンキースでワールドシリーズ勝利も味わっている。

今でこそ珍しくないメジャーリーグ移籍だけど、彼がアメリカに渡ったときはまだ、あの「パイオニア」野茂英雄が活躍していたぐらいで、日本人がメジャーリーグで通用する保証はどこにもなかった。日本での安泰、確立された地位を捨てて臨む、いわば立派な「冒険」だったのだ。

そして伊良部は、野茂英雄に続く「パイオニアの一人」と称賛されることになる。

その頃からきっと僕は彼を赦したのだ。
追いかけて、努力して、夢を叶えた男、として。

ニューヨークの後、阪神タイガースに戻り、優勝に貢献する。
メジャーリーガーの風格を漂わせ、あの大きな体から、大きなフォームで投げ下ろすストレートは、見ている者に爽快感を与えてくれた。

日本に居ながらにしてメジャークラスのピッチングが見られる。
何よりも彼の投じるスピンの利いたストレートの軌跡は、潔くキッパリと美しかった。
(実は僕が好きなチームはジャイアンツなので・笑)敵ながらアッパレだった。

ここ最近はアメリカで「うどん屋」を展開していた、と聞いて、意外にも彼はやはりどこに行っても「香川の男」だったのだ、と感じることは間違いではないはずだ。


そして昨日突然の訃報。

享年42才・・・あまりにも若い。


ぼくはやはりイラブがキライだ(涙)


そう言えなくなるなんて、あまりにも寂しい。

今宵は伊良部秀輝さんのご冥福をお祈りしよう。
あの偉大な投手を弔うために飲もう。