石川県小松市は加賀前田家の隠居城である小松城を中心に伝統文化を育んできた石川県第二の町である。
1500年代のこの地は「世界史上初の共和国」といえる「一向一揆」の本拠地であった。
また「小松」という地名は「しほらしき 名や小松吹く 萩すすき」と芭蕉に詠まれており、この地にある粟津温泉は有馬、草津などに劣らぬ日本最古の温泉としても知られる。

近年ではご存知の通り世界有数の建設機械メーカー「KOMATSU」発祥の地としても有名であり、金沢旅行のため「小松空港」を利用した方もたくさんいるだろう。


日本海・北陸にして温暖な気候は、現在「北陸の玄関口」となっている小松空港があることでも分かる。金沢や福井が積雪でも、小松には雪がない・・・ということもザラである。

ここに「隠居城」を設けた前田のお殿様の知見は見事というほかはない。

小松の旧市街地は、京の町屋のような細い間口の家並みで、今も「材木町」「鍛治町」「小馬出町」「鷹匠町」などと城下町であった頃の町名が残されている。

この小松の旧市街地に当たる町の町衆が守り続けてきたものが「御旅祭り」であり、この「曳山」と「子供歌舞伎」で、350年余の歴史を有している。

でも、さて、どうして「歌舞伎」なのだろうか。
その理由は残念ながら詳しく知らないが、唯一つ正しい事実は、日本三大歌舞伎の演目である「勧進帳」の舞台が、ここ石川県小松市の日本海岸沿い「安宅」であることだ。

それにあやかって、当時活気のあった町衆が起こしたものだろう。

「御旅祭り」は現在は5月の初旬に行われている。意外にも明るい気性を持つこの町の人たちは大変に「祭り好き」で、他にもいくつかの祭りを持っているが、その最大の祭りがこの「御旅祭り」だ。

昭和30年代までは8基ほど残されていた曳山の全てで演じられた子供歌舞伎であったが、それ以降の少子化、あるいは過疎化に従って、現在は二つの町が持ち回りで行うことになっている。

今年は「京町」と「大文字町」だそうだ。

その演じ手たちは、今もただしくこの町で育っている「生え抜き」の小学生たちだ。
この時期になると、学校や塾の合間を縫って夜遅くまで稽古が続けられる。

その成果がこの映像なのである。
ご覧頂けるとおり、かなり本格的な舞台だ。

小松空港やJR小松駅に立ち寄られた際には、この曳山や祭りのポスターをご覧になった方も多いと思う。
ちいさな町の伝統芸能が、今後も存続していくことを望みたい。

ちなみにこの曳山に使われている提灯(ちょうちん)は、我が伯父が遺した作品である。