『ビール星人2号・特別長編』として先週訪れた沖縄レポートを2回に分けてお送りしますニコニコ


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2月25日(金)、その前日の夜に移動を終えていた僕は那覇で目覚めた。

その日の僕の目的地は那覇市内の中心部からみて那覇空港との間にある奥武山公園。

宿泊先から歩いて10分もかからない交通至便の場所に、あのジャイアンツがキャンプを行っているのだ。

今年から初めて行われるジャイアンツ那覇キャンプと昨年落成した新球場「沖縄セルラースタジアム那覇」でのオープン戦をいくつか観てみたいと思っていた。

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プロ野球は例年通り2月1日からキャンプインとなり、セ・パ12球団のうち実に9球団がその当初からここ沖縄の各地でキャンプを行っていた。

2月25日という日は各チームそれぞれが課題を持って取り組んだであろう春季キャンプの実質的な最終日で、ほどなく「オープン戦」初戦を迎えようとしている時期にあたる。

沖縄各地で行われた今年の沖縄キャンプはいつになく賑やかだった。
なんといっても日本ハムのゴールデンルーキー斎藤佑樹だ。

連日、各種報道機関が日本ハムのキャンプ地「名護」の様子を「佑ちゃん」一色に伝えており、例年以上に沖縄は注目されていた。

また広島カープのキャンプ地「石川」からは昨年セ・リーグ最高成績を収めた絶対エース・マエケンこと前田健太投手が「美人モデルと朝帰りでチームから罰金」なんていう微笑ましい?ニュースも伝えられていた。

それって名護あるいは恩納村かなぁラブラブどのホテルだったんだろうかラブラブ!なんてことはさておき「キャンプ終盤」という空気感たっぷりであった。

2月20日(日)に那覇に入ったジャイアンツは、たった一週間だけの短い「那覇キャンプ」となった。

例年通り2月1日から宮崎で一次キャンプを行ったためだが、他球団の沖縄キャンプから約3週間遅れての那覇入りとは、いかにも遅い。

それなのに、とにもかくにも史上初のジャイアンツによる「沖縄キャンプ」である。

遅れてきたジャイアンツだったにも関わらず、那覇市民の歓迎ぶりは相当なものだった。

何度か利用したタクシーの運転手の誰もが「巨人の宿舎はロワジールだよ」とか「明後日はオープン戦だよ」などと、こちらが何も聞いてないのに嬉しそうに教えてくれる。

平日にもかかわらず詰め掛ける熱心なファン(さすがに年配の方が多い。小さなお孫さんもたくさん!)

奥武山公園周辺のコンビニすらも珍しく「便乗商法」に勤しんでいた。
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そもそもジャイアンツ「那覇」キャンプは、実にその3年も前に決定しており、その時から早くも那覇市内の金融機関本店の壁面やモノレール乗り場の柱などに「祝!読売巨人軍キャンプ決定」と張り出されるほどで、「いよいよ」という期待感、抜群!の中でついに行われたものだった。
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仕事で毎月のように那覇に来るようになって4年目の僕は、那覇あるいは沖縄県内各地から駆けつけた人たちが、ジャイアンツをどのように見て、オープン戦をどのように楽しむのだろうか。実際にそこに行って身を置いて、風や音、空気を肌で感じなければ分からないし、そうしたいと思っていた。

そして実際に体感してみた結果は、まさに期待通りのものだった。

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この島の人たちの野球好きは半端ではない、ということがすぐに肌身で感じられた。

野球好きなんだということをこの島の人たちがより一層自覚した出来事は、間違いなく記憶に新しいトルネード左腕「島袋」とキャプテン「我如古」を中心に昨年の春夏甲子園を連覇した興南高校(那覇市)の存在だ。

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彼らはこの連覇という偉業をもって沖縄県民の「魂」・・・、いやそのさらにもっと深い部分からワシづかみにした。

「連覇」したことはもちろんだが、特にこの島の人たちは「夏」の優勝こそ、誇りたいだろう。

過去何度も阻まれて「沖縄の子はいざというときチカラが出ないのさ~」と自虐してきた理由の一つだったからだ。

興南がついに「真紅の優勝旗」を持ち帰ったことは、だからこそただ単に勝ったという以上の意味を持っていた。

他県から来た選手ではなく真に「沖縄の子供たち」が成し遂げたこと。

ギリギリに勝ち上がったような運に左右されたものではなく、全国の名だたる強豪校を相手に一歩も引かず、時に見事な逆転を演じて勝ち抜いたように、きっぱり、正々堂々と勝ったこと。

その真っ直ぐな戦いぶりこそ、たかが高校野球の話だとは思いつつも、まるで光と影を有する沖縄に重く覆いかかる「呪縛のようにもの」から「解き放たれた」ような快感をもたらしたのだ。

ここで彼らが「何から解き放たれた」のかを語るのはとても難しい。
あえていえば「沖縄の過去から現在に至る厳しい歴史」とか「現在の日本国内における存在とアメリカとの関係」だとか、沖縄人に特有とされている「ナイチ(本土)の人と異なる精神性とそこからくるコンプレックス」など~と表されるかもしれないけれど、やはり概略というレベルですらうまくお伝えしきれない、心の奥底に静かにあるものだと思う。

しかしながらそういった実に難しくて複雑で言いようのない、あえて言えば「被害者」あるいは「弱者」の意識にこの島の人たちが過去から苦しみ悩んでいることもまた事実なのである。

長く親しく沖縄の方と接するひとならば自ずと意識せざるを得ないもの。

こうしてみると、興南の甲子園・春夏連覇は、今この瞬間にもこの島で起きている、いいことも悪いことも、総てをひっくるめて「返済」してなお「お釣り」が来たんじゃないか?それぐらい強くて眩しい「栄光」をこの島にもたらしたのだった。

大げさに言えば「島ん人」としての自分たちを日本のなかで誇ってもいいのだということを具体的に見せてくれた「子供たち」。
そこで見せてくれた自信こそが、興南ナインが甲子園で成し遂げたことの本質なのだ。

その傍証となるエピソードをふたつ付け加えておきたい。

NHK沖縄放送局では今も昨年の興南の甲子園での試合を深夜帯ながら適宜再放送している。

しかも直近の「夏」だけじゃない。
ほぼ一年前となる「春」の試合も、だ(笑)

どれだけこの島の人たちが嬉しかったかがよく分かる。

実際に仕事でお目にかかるこの島の人たちに甲子園の話を振る(注)と、よくぞおっしゃってくださいましたとばかりにみんなよくしゃべること(笑)

(注)平成23年の春の甲子園(センバツ)に沖縄県代表校は出場していませんのでご注意ください。

みなそれぞれに抱えたナニカをこの偉業に照らし合わせて晴らしたのだろう。

「もう何回も観てるのにねぇ」と苦笑いしつつ、そういうことを言う人ほどやはり再放送にチャネルをあわせているのだから、人間の行動というものは理屈ではなく、感情なのだということを証明しているもの(苦笑)と思う。

これと全く同じ理由で沖縄の人々の生きる魂をグッとつかんだ男がいた。

ジャイアンツの高橋由伸。
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彼は短い沖縄キャンプの唯一といっていい休日に、ジャイアンツ球団代表の清武英利氏を伴って、那覇市より南、クルマでも小1時間を要する糸満市にある平和祈念公園に出向き、沖縄戦の戦没者墓苑に献花し「平和の礎(いしじ)」に参拝し、20~24万人と言われる御霊を弔ったのだ。

ちなみに彼はいま、チームのキャプテンでもなんでもない。

プロ野球団が毎年のように沖縄を訪れるにも関わらず、かつてそのような選手は一人もいなかった。

このニュースは県内の新聞、放送局で大きく取り上げられ、まさにビッグニュースとして扱われた。

彼は「いろんな歴史があって、いろんな方々のおかげで僕らは幸せに暮らしている」「改めてそのことに感謝して、かみしめて明日からまた(練習を)やっていきたい」と語り、それをみた沖縄県民は「やはりジャイアンツは他球団とは全然違う」と絶賛する。
それ以降、高橋由伸はどんな場面でも最も声援を受ける選手となっていた。

私が今回那覇を訪れた理由こそまさにこういったマインドを持つ沖縄人のなかに紛れてみて、きわめて近い目線でみてみたいと思ったからである。

2/25(金)は試合形式の練習はなく、打者、投手それぞれのメニューを淡々とこなすだけの一日から広い会場を見始めたのだが、さっそくに驚いた。

どの会場でも沖縄の人はみな真剣にジーっと見ている。

えっと。何を言いたいのかというと・・・、普通であれば「おい、うつみ、しっかりせい、こらぁ」などと野次る親父がいてもいいのに、みなジーっとみて、まるでなにかを「学んでいる」かのような、静かながらもピリッとした空気だったのだ。

その上で「頑張(ちば)れよ~」「来てくれて嬉しーさー」とでも言いたげな温かいまなざしがある。

そうだ。
それはまるで家族に見守られているかのような練習風景だったのだ。

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練習とはいえプロらしいプレーには一々「おおっ」というどよめきが起きる。

エラーやミスには「いいさぁ、いいさぁ~」という笑み半分の温かい拍手が送られる。

試合の局面やプレイの見極めについて、この島の人たちの見る目はかなり高い。

みな野球をよく知っている。


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2月26日(土)に行われたオープン戦「横浜vs巨人」でもそうだった。

たとえばジャイアンツからみてチャンス、ベイスターズから見てピンチを迎えたとき、スタンドの観客は波打つようなざわめきが起きるものの、ピッチャーがセットすると同時にすっと息を呑んで投球を待つ。

一球ごとに意味のある集中と弛緩がある。

そして気づいた。
大多数がおそらくジャイアンツファン(あるいはヒイキ)のはずなのに、ベイスターズ選手のナイスプレイにも実に快く盛大な拍手を送っているのだ。

逆につまらないプレーをしたジャイアンツの選手が耳にしたスタンドの大きなため息。
やっちまった選手の感じたプレッシャーは東京ドームでは絶対に感じられないのではないか。

オープン戦のスタンドは基本的に「鳴り物がなかった」からこそ感じられたのかもしれないが「1万6千人が一つになって味わうボールゲーム」といった純粋に野球の素晴らしさを味わえるゲームとなっていた。

そうか。
だから、選手たちはみな沖縄が好きになるのだ。

アメリカの生んだ文化「ナショナル パスタイム」とされるベースボール。

それは日本で「野球」となり、プロ野球、高校野球とそれぞれのレベルに合わせて僕らは楽しむことを覚えていった。

日本各地の主要都市には「昭和」の頃には確かに存在していた「野球との幸せな関係」は、この島には、まだ存在していた。

もしかしたら日本野球にとっての最後の楽園は、きっとここなのかもしれない。

2月とはいえ容赦なく上空から鋭角的に降り注ぐ強烈な日ざしとさわやかな島風。

現地の空気に身を委ねて二日間たっぷりとジャイアンツあるいは「野球」を堪能し、この愛すべき沖縄の人たちのことをまた少し理解できる、その入口に立てたようにも思えた。

僕にとって至極の幸せな二日間であった。

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