1992年7月5日(日)神宮球場

ジャイアンツ・ファンならば、
このシーン、はっきり覚えているはずデス
( ̄▽+ ̄*)

「四番」原辰徳が・・・
ついに「覚醒した?!!」


このとき、ジャイアンツは他チームにナメラレまくっていた。
スワローズやタイガースの後塵を拝していたはずだ。

そのジャイアンツ、四番・原(現監督。しかも世界一の!)も、あの伝説の「ON」長嶋、王の後を受けては、打率2割8分、本塁打30本、打点90くらいでは、ファンは何ら納得していなかった。
(注:この成績をデビューから10年来続けた原は、史上最も不当に低い評価を受けた四番打者だといえる。ちなみに彼以上の成績を残したのは、この時期では落合博満ぐらいだったはずだ。清原はまだ若かった。)

原辰徳。
いつも紳士で、笑顔こそあれ、怒りなど激しい感情を表に出すことはなかった。
「この日までは。」


劣勢のチーム。ビハインドの状況で打席に立つ。
内角をえぐられ、のけぞって倒れる。
その後の、渾身の一打。

夜空にバットを放り投げ、淡々とダイヤモンドを一周する。

こんな原、初めて見た!
ついに覚醒した!
彼は30代に入ってついに「山本浩二」化する、つまり大バッターに変貌するに違いない(喩える選手すらジャイアンツではなく他チームだった・苦笑)

18年前のこの夜。
あのときジャイアンツファンは、確かに幸せな夢をみた。。。

その後、彼が「四番として恥ずかしいことをした」と発言し、相変わらずの打撃状況がつづき、チームも低迷したことは事実である。

その後二度のジャイアンツの監督を経て、WBC優勝を勝ち取る「世界一監督」となるまでは、さらに17年の歳月が必要となった。