この3日間、場所はさておき(苦笑)集中して「オシム」関連本を読んでいた。

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そのなかでも、これ。

「オシム 勝つ日本」著者:田村修一、文芸春秋


その冒頭のフレーズが、僕がいま、なぜオシム関係の本を読みたくなってたか。

そのキモチを一発で表現していた。それは・・・


「死んだ子の、歳を数える。」
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僕には、今の岡田ジャパンの戦い方がどうしても納得できていない。

なんだろう。98年の頃の日本、というか・・・

クラシックで驚きがない、というか・・・


もう違うんだ。それじゃもう、満足できないんだ。

それこそ、「オシム」がみせてくれた夢。。。


そのサッカーはシンプルだが、奥深い。

彼の言葉も難解だけど、そうなるのは意味がある。

だって、人生と同じ、矛盾が内包されているのがサッカーだから。

それを書き記していくと、どうしてもこんな厚い本が何冊も出来るのだろう。


読むほうもタイヘンだ(苦笑)

オシムさんは、戦争を経験したこともあり、家族が第一、としながらも、プロフェッショナルとは・・・サッカーを介して人生を真剣に生きている。あらゆる努力を惜しまない。

その生きる姿勢にも、僕らは学ばねばならない。


そして彼が見せ始めていた、あのサッカーの続きが見たい。。。


もしそうだったなら、W杯最後の強化試合となったコートジボアール戦を振り返った大久保の「もっとサイドに振ってほしかった。待っていたが、ボールが来なかった」なんてクソな言い訳は絶対に許されなかっただろう・・・


これらの本には随所に当時の彼が期待していた選手達が実名で語られている。

その眼力もすばらしかった。


あの当時、川崎市中原区近辺の3万5000人以外に、誰が「中村憲剛」、知ってたか。

その憲剛も、あのまま彼の指導を受けていたら、もっと「デラックスな選手」・・・オシムの言い方・・・になれてたかもしれない。。。


少なくともこの2冊をじっくり読めば、「もしも・・・」の答えが分かる。

だからこそ、「死んだ子の、歳を数える。」・・・あのときオシムが倒れなかったなら。。。


きっと日本は「世界を驚かせた」だろうし、世界から「日本のサッカー」がレスペクトされていただろう。


幸いにもオシムさん、病から快復して、元気でいらっしゃるようです。

これからも、ぜひ日本サッカーの指導をお願いしたいし、協会のバカ役人ドモが、どうかいつまでも彼の言葉を受け止めて、そして努力を続けるように。


日本のサッカー振興のためにも。


たとえば、オシムさんの故郷サラエボでは、八百屋のおばあちゃんですら地元チームの先発選手11人を知っているばかりか、その戦術にまで意見するそうです。

そうやってクラブは町の誇りとなり、貧しい暮らしの中でも人生の一部分となる。

だから、ともに戦い、そして楽しむ。

ある敗戦は、その町の記憶として、いつまでも語り継がれていく。

あのときのヒーローは、いつまでもヒーローなのだ。


ただ日本には「プロ野球」があるから、サッカーはオシムの言う世界のようにはならないかもしれないけれど、せめてJリーグ・クラブのある町では、そのクラブが町の誇りであってほしいし、住民やスポンサーみんなに支えられて、いつまでも賑やかなスタジアムであってほしい。


そのためにも、本当はこの2010ワールドカップで日本は飛躍したかった・・・惜しい。

だって次はまた四年後なんだから。。。4年は長い。


その悔しさを。

だからこそ、今から起きるだろう出来事の一つ一つから、けっして目を背けずに。。。

ありのまま受け入れ、猛省し、再スタートしなければならない。


そのためにもこの2冊は、サッカーを愛する我が国民の「必須・課題図書」である、と断言する。

この本を読まずして、未来の日本サッカーを語ることはできない。


今の僕は、「キモチ」が整ったよ。

もう何が起きても、それを受け入れられる(はず)。

オシムという名のとおり、僕らはほんとうに「惜しむ」こととなったなんて、座布団の一枚ももらえない。


見届けよう。我が「日本代表」の戦いを。

もちろん、勝利を祈りつつ。。。