ビール星人2号のブログ border=
先週金曜日。勤務先で年に2回定例・春の人事異動が発表され、3年ほど共に旅してきた上司であり先輩がチームを去ることとなった
この会社の決定に、いろいろ思うところはタクサンある。
ハッキリ、自分たちのチームは会社に理解されていないと感じた

モチベーションが下がった。
強い気持ちでいられなくなる時は、こういうときだ

異動そのものは否定しない。ただ、その時期が問題だった。


ここでリーダーを失い、取り残されることとなる僕らの置かれた状態を結局会社は分からなかったんだなぁ。


まず僕ら現場チームが守ろうとしてきた「ヘボなプロジェクト」は、なんと!社内的には「大成功プロジェクト」だそうだ


予定通りスケジュールは5/6消化した


・・・それだけ聞けば確かに順調だな



でも、残り1/5とはいえ、中身はまだやるべき数の1/2(つまり半分)も詰まってますけど(爆)


そして各地のお客様は日に日に新プロジェクトに不満を高めている



大成功プロジェクトである以上、おかしい。

だから会社の中ではすべて「それは現場が悪い」とされており、「お客様への現場の説明の言い方の問題」と上層部は本気で思っている。プロジェクトの内容そのものが「ヘボ」だなんて、夢にも思わないらしい。

事実プロジェクトの推進者たちは賢く、スニーキーだ。
やつらは会議室で生きている


現場の僕らはお客様とともにあり、一生懸命さと誠実さでお客様の窓口たらんと頑張ってきた




だから「間違えた」のが事実だとすれば、上層部に言わせれば「現場が間違えたに決まってる」らしい


それが明確に現れた今般の人事異動だった


本当に心からつまらない会社に勤めてしまったものです。。。




ふと「ギター侍」思い出した・・・


♪でも、一番コンサル必要なのは、あなたたち自身ですからぁ~
ザンネ~ン



上司としてのKさん。


僕らの先頭に立って、会社上層部にまともに現実を説明出来ない事業責任者を相手に、一人戦ってくださいました


ワタシは後を継ぐ自信は全くアリマセン。
明日からは「Let it be」です。



いつかこんな日が来るのは覚悟していましたが、さびしいものです


もちろんそれぞれの旅は続いていくと思います。いつの日かまた同じプロジェクトで、また一緒に戦いたいものです。そのときまで、しばしの間、Good Luckデス・・



先輩としてのKさん。

明後日からの出張は新潟→那覇とご一緒します。きっと仕事は、まぁもう、やんなくていいです(苦笑)


今回こそまさに「一期一会」となりました。センチメンタルにならないようにガンバリマスが、自信アリマセン。


最後の出陣、どうぞよろしくお願いいたします。


みなさまへ

Kさんは、この「ビール星人2号のブログ」の、生みの親のような方なのです


ちょうど1年3ヶ月前、(事実そうなったのですが)これから厳しい出張が続くと予想されており、みんな厳しいカベを前に感じて、なかなか足が一歩踏み出せずにいた頃。でも何とかして、しかも「強い気持ち」で全国のお客様のもとまで行かねば・・・



ワタシはKさんに「せっかく全国各地に行くんだからブログでもやりますよ」とかなりライト?に宣言したのでした。ちょうどケイタイ(800万画素)を買い換えたばかりの頃でした


Kさん「楽しみにしてるよ」その一言がホイッスルとなり、このアホみたいなレポートが積み重ねられていきます・・・実際、一ヶ月ほどたった後、またまたKさんにワタシ「もうブログ、いいですね。やめますよ」とこぼしたところ「やめちゃダメ。続けて」、「きみ、文章、うまいね」



あの一言を頂かなかったら、もうとっくの昔にブログやめてました。



その後はお蔭さまです。みなさま


タクサンの方がご覧くださってることを知ってます


「旅ブログ」だけでなくさまざまな意見も表明させていただいておりますし、このブログに勇気を感じてくださる方が、一人といわず何人かいらっしゃることも知っています




どれも身に余る光栄です。もはや気力・体力が続く限り続けていきたいと思っています・・・が、その原点は「Kさんへのレポート」から始まったことは、ここにKさんへの感謝とともに記しておきたいと思います




今朝から1万枚近いケイタイ写真・・・うーむ。の中から、Kさんと辿った道をピックアップする作業に没頭しておりました


振り返れば、何万マイルもご一緒してきました・・・明日CD-Rで贈呈する予定です



通常ワタシは「誰かといる」ことを極力伏せてレポートしますから、読者の方はあまり意識がなかったと思いますけど、あのワタシのブログ映像の陰に、よくKさんがいらっしゃいました


一度だけコメントの中で「ブログに理解ある上司とそうじゃない上司がいる」と書いた記憶があります。理解ある上司こそが、Kさんでした



数年後に振り返ったとき、この1年半が「僕らの時代だった」と思うでしょう


冒頭の写真は、そのことの象徴になると思います