美しき日本の面影。
今回、CDの話題ではありません、先日のコンサートで購入した同名の本の話です。本日、電車中にて読了。ちなみにこの文章を書いているのも電車中。
この本の中でまっさんは、「日本には妖精がいっぱいいる。妖精の国だ」と語っています。これまでに出会った人々、動物、自然を「妖精」と呼んでいるのです。この本を読むと、「自分も妖精に出会う旅に出たいなあ。妖精と出会えるような暮らしがしたいなあ」と思われる方が多いと思います。
私は、そのような妖精に出会うことを、あきらめています。残念ながら自分にはその力がない。若い頃から、日本津々浦々、世界ちょちょちょいそこそこ、へ行き、多くの人々と出会い、語り、素晴らしい自然を見てきた。それらは人がうらやむようなものです。でもね、まっさんが出会っている妖精には出会っていません。それは自分にその力がないから。だからあきらめている。
でもね、私が出会える妖精もいるのです。
私は地球科学が専門で、一般サラリーマンだけど、研究者のような仕事をしています。機械を使って、自然の現象を見るのが仕事です。
研究といったって、ルーチンワークが主になりますから、「こんなデータが出ると思って機械を使い、そのとおりのデータが出た。よかったねえ、しゃんしゃん」で終わるものが多いのですが、時々、そのデータの中に、神様のいたずらのようなものが、あるんです。
実は私、このいたずらを見つけるのが得意なんです。誰も見向きもしない、エラーのようなデータを真剣に考察する。そうすると結構、自然の神様のいたずらを理論的に解釈することができちゃうんですね。
先日、私が関連していないプロジェクトのデータがめぐりめぐって私のところへ来た。すでに皆さんが解析しているデータです。ところが、ちょっと視点を変えてみると、神様がいたずらでやったようなデータが見つかった。こういうものが見つかるとうれしいから、勝手にどんどん解析をはじめちゃって、ここ数日みんなに話したり、レポートを送ったら、結構な騒ぎとなりました。いい意味の騒ぎですよ。
して、やったり。
神様のいたずらを発見し、解析して報告すると、反応は様々。
神様のいたずらを知っている人は、
「気づかなかった。面白い。どんどん解析を進めよう。」
神様の存在を否定している人は、
「そんなわけないじゃん。」
神様がいるかいないか関係ない人は、
「そうですか。」(で終わり)
でも、神様のいたずらを一緒に楽しんで、忙しい中、解析・検討してくれる同僚のいるうれしさよ。
まっさんの本を読んだら、この神様のいたずらが妖精のいたずらに見えてきました。よし、今日からそう呼ぼう。これが私が見ることのできる妖精。
ただし、妖精と毒キノコを見間違えることもあるんで、注意は必要です。これはいつも気にかけていきたいと思っています。
上記の手法で私は妖精に出会えます。音楽を通して妖精を見ることができる人もいるでしょう。料理を通して妖精を見ることができる人もいるでしょう。人様々です。自分にあった妖精の探し方、見つけてみませんか。