
左の人参は、
本当は、右の人参のようになれたはずでした。
左の人参は、右の人参のようになる力のある人参でした。
しかし、私の育て方が悪くて、
形が悪くなってしまいました。
私はこの人参の力を、発揮させる事が出来ませんでした。
私は、全国の農家さんの代表でもなんでもないし、
そんな立場でもないけれど、
家庭菜園ブームやブログブームになってから、
「農家がただ悪く言われている」状況に対して、違和感を感じていました。
それは、
「スーパーの野菜はみな綺麗で同じ形で気持ち悪い」
とか
「売っている野菜は農薬だらけだから綺麗で、
家庭菜園の野菜は無農薬で形が悪くて最高にいい」
とかの事です。
私が尊敬している人達が言っていた言葉に、
「批判だけなら幼稚園児でもできる。大事なのはそれをどうするかだ。」というのがあります。
ただ農業の「批判だけをしている人」に共通する点は、
農業の「の」の字も、
野菜の「や」の字も知らない。
流通している野菜が綺麗なのには、たくさんの理由があります。
それはまず、形の悪すぎるものは出荷しないようにしている、ということです。
全ての野菜が農薬まみれだから全ての野菜が綺麗な形をしているのではありません。
野菜が生き残るために、人に食べられて残る道になった時、
人々は、食べやすいように形の品種改良もしました。
品種改良された野菜は、自分の力で綺麗な形になるように進化しました。
それでも、形の悪いものは出来てしまいます。
それを農家は間引いたり摘果したりして、綺麗なものを残すという世話をします。
これには、ただ形の悪いものを取るだけではなく、
形の良いものの成長を良くするという効果もあります。
全ての農家が、農薬だけを使って綺麗な野菜を作っているのではありません。
農薬は高いです。
無駄に大量に使いたいと思いません。
残留農薬の事を考えている農家もいます。
野菜の品質を落とす、虫の害に関して、
防虫ネットを使ったり、
防虫粘着材を使ったり、
反射材を使ったり、
天敵を使ったりもします。
日本全国の農家をひとくくりにして、「批判だけ」している人達に違和感を感じます。
「形は悪くても味は同じなのよ!」
いいえ、それは違います。
例えば曲がったキュウリは色んな原因がありますが、
味や食感に違いがあります。
私は上手に出来ないけど、
こんな農家さんに会いました。
「キュウリは形で味も食感も違う。俺は真っすぐで旨いキュウリを作るんだ!」
その方のこだわりは凄いし努力も尊敬します。
私の人参、
左の人参を100本、
右の人参100本を料理するとしたら、
下拵えの時間にかなりの差が出来ます。
本来綺麗になれる力のある野菜は、
綺麗な方が断然調理しやすいです。
私は、「左の人参も同じ味だからいいのよ」とは絶対に言えません。
本来綺麗になれるはずの人参なのに、
私の手入れが悪くて形が悪くなってしまったのですから、
残念です。
どうしてこうなったのか、思い当たる事がありますので、
次回はこのような人参がなるべく減るように、
この人参の良い性質を引き出すことが出来るように、
勉強して実践したいと思います。
ジャーナリストやルポライターのような人が、
長々とした文章で「日本のスーパーの野菜は綺麗なものだけで気持ちが悪いものだ」と批判だけ書いて、それを野菜を知らない人が読んだら鵜呑みにしてしまう危険があるのではないでしょうか。
家庭菜園の方が楽しく一言書いた程度ならまだしも、
それでお金稼ぎをするなら、まず野菜や農業の事を知るべきです。
どうして日本のスーパーの野菜が綺麗なのか。
農業には様々な農法がある事。
農法によって違いがある事。
農業と流通の始まりと歴史。
とても奥が深い事です。
それを知れば、批判だけの文章なんて書けないと思います。
そして、それを知れば、
もっと奥の深い記事を書けるようになると思います。
野菜や農業のこと、歴史の事を知れば、
ただ長いだけの批判記事ではなく、
どうしてスーパーの野菜が綺麗なのか、それも見えてくるでしょう。
そこから、
形が綺麗な品種改良の問題点も見えてくるでしょう。
(品種によっては、形を優先するためにその野菜本来の風味が落ちてしまう事など)
私は、左の人参を、
「これは無農薬で素晴らしいし味も同じだから、右の人参と同じ値段で買って食べてください」とは絶対に言えませんし、
思いません。
私は左の人参を食べるけど、
消費者さん達には右の人参を食べて欲しいです。