KOOKOO's SHADOW - Am I hiding in the shadow? Or are we all hiding in the shadows? -2ページ目

KOOKOO's SHADOW - Am I hiding in the shadow? Or are we all hiding in the shadows?

HAVE I JUDGED A BOOK BY HOW IT'S BOUND?
AM I LOST OR AM I FOUND?
ARE YOU WITH ME?

数学で「確率と統計」ってのがあったけど、あれってどーもうさんくさい。

テレビで「東大生に聞きました」とかあるけど、「だからどーだっつうだ」って思うわけね。

降水確率50%って、深夜0時から正午まで土砂降りで、正午から深夜0時まで晴天って捉え方もできんじゃねぇー

偏差値って、みんな100点とったら、みんな50になるよ
おばけのQちゃんには、足がある。

そして、毛が三本ある。

たった三本なのに、ハッキリ見えるぐらいだから、かなり太いはず。

フォントでいえば、ゴシック体のボールドか黒のマーカーで書いたぐらいしか考えられない。

しかも、体は全体が白なのに輪郭が黒で、存在感がすぐに読みとめられる。


ところで、Qちゃんの毛が三本は、天才バカボンのパパの鼻毛と同じぐらい濃いい。あれはあくまで鼻毛だけが、サザエさんのお父さんはヒゲである。 たぶん彼らはも黒のマーカーを使って太くすることで薄毛を気にしているのだと思えてならない。



巨人の星である「飛馬」、親父の拷問によって、二の腕(肩から肘へ)に強力なバネ、そして肘から手首までにもバネをはめられていたが、成長期にそんなに骨を抑えられたら伸びようがない、せめて、手首から肩までの腕力を鍛える装置ならわかるが、あれは梶原氏のアイデアなのか、幼児虐待としか思えない。 

で、阪神タイガースの花形は、あの時代からパンクロックを好んでいたのか、「あしたのジョー」と類似したものであるが、彼らは走っても帽子が飛ばないのが不思議である。 Tシャツに平面ガエルのピョンキチを毎日着ているヒロシのグラサンは、少し前のギャルがよくオデコにつけてたが、あの流行は、やはりヒロシから受け継いだのだろう。

話は戻って、飛馬は結局、両手でピッチャーを務めるし、外野からストレートでキャッチァーまで剛球を投げた。両サイドバッターは意外とできるものであるが、プロの両投げ選手っつうのは聞いたことがない。/font>


イチローってまだスポーツ選手? コマーシャルばかり出てきて、ヤンキースはハードルたかかったのかな。

私が尊敬する野球選手は、野茂、伊良部、城島の三人 - みんな態度はどうであれ根性ある。

男は精神力、動じない忍耐力、自分の威力を振り絞る行動力、どんな状況でもへこたれないドスのきいた冷静さ、時として悪態もそのもののの持つパワー。

女性はというと、私には何も言えません。
まー、バカボンのママは寛大な方と思うけど、あの時代にアメリカ行くのに船で行くか? そんな便あるの?


漫画の話しでしたが、鉄腕アトムの耳を丸くしたら、ミッキーマウスじゃないの? 作者は医者になるつもりが好きなことをしたくて漫画家になったそうだけど、漫画家になろうと思って医者になった人もいるのかな? 職業は収入面でみるのかな? 趣味はお金にならないものを指すのかな? 仕事も趣味もないとどうなるのかな? 私、経験あります。なかなかマネしようと思ってもできませんよ。自慢にもなりませんよ。 私、双極性(躁鬱病)と統合失調症(精神分裂病)とてんかん、強迫観念などなど体感し続けながらいろいろ研究してますが、実際に出会う人と話してると、たいてい腹抱えて笑ってます。

女性に年齢を尋ねるのは、よほどのことでない限りできないものである。

しかし、女性が何らかの機会に答える場合、ある特定の傾向があるといってよいのではないだろうか?

その結論とは、

「20歳」と言って、「16歳」ぐらいに見えるのは、実際「12歳」であり、「20歳」と答えて「26歳」ぐらいに見えるのは、実際のところ「40歳」である。
第二次世界大戦と呼ばれるものは、当然のことながら第一次世界大戦があったからこそ、その名がついたのであって、はじめから誰しも起ころうとは予期しえなかったはずである。

しかしながら、当時は、大東亜戦争と呼ばれていた。 大日本ん帝国が、アジア全域を占めようと試みたものであった。 結局は、12月7日のパールハーバー奇襲攻撃作戦を一年以上前からアメリカ軍に解読されていたにも関わらず、野望を貫いた。 アメリカ軍は、パールハーバーを犠牲にして復讐という名のもとに大戦争を企てたのである。

この戦争のおかしなところは、関東は酷い空襲にあいながらも、宮内庁は攻められなかった。 兵庫県の神戸に外国人たちが居住する北野坂周辺も攻撃しないようにされ、今でも観光名所とされている。

ポツダム宣言が施行されたのに、日本軍は突き進み、長崎、そして広島へと原子爆弾が落された。  責任者である東条英明は、東京裁判の前夜に銃にて自殺。 アメリカが勝った故に、後から「太平洋戦争」と名付けられたのである。

アメリカは今でも、あの原爆が落とされたからこそ戦争を止めさせることができたのだと正当化している。

911テロが起きたときは、全マスメディアを通して、これは日本がパールハーバーで起こした奇襲攻撃以来の大テロであって、いまこそ復讐の裁きを行使すべきだとアフガニスタンへ矢が向けられ、経済効果を担ぎ上げながら、湾岸戦争を起こした親父と同様にブッシュはガソリン略奪を図り、フセインまでも処刑した。

話は、ずれまくるが、アメリカはイランを敵対視しているが、日本はイランと裏取引をしている。ウランとガソリンが関わっている。 もちろん金も巨額である。

日本はイスラエルとも取引がさかんである。 医療機器製造販売企業「テルモ」の深部静脈血栓予防機器(手術中並びに述語の静脈血栓症を予防するための機器及びそれに伴う消耗品はイスラエルでの製造品である。

さて、なんやかんやいっても第三次世界大戦は既に金融機関を通して行われたではないか。

実際に「戦争開始ィ、ミナミナ死ィねー」といったノラクロのようなものは起きやしない。

予言されるようなことは、どれもが起きないものである。

1984年に何か起こったか? 2000年になった直後にコンピューターは止まって飛行機が墜落したか? 和歌山に津波が来るか? こねぇよ!!!


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「エコ」という言葉が浸透してから10年ぐらいた経つであろうか?

地球の温暖化を、元クリントン大統領時の副大統領ゴアが、ノアの方舟を語るようにエゴを見せつけていたように思える。



彼らの観点から離れて、天文学ならびに占星学を通じて、太陽系のしくみをみてみると、驚くことがある。

それは、この天体自体が動いているということだ。

地球は通常、太陽の周りを365日かけて回転し、土星は、そのおよそ30倍かけて回転するものだが、太陽系自身が波に乗るかのように動いているため、それぞれの惑星は過去の軌道とは違う道を通る。

それ故、地球の軸に微妙な差が生じ、南半球と北半球における温度差も徐々に変化が起こるというものである。

だからといって、大げさに扱うようなものではない。


「エコ」概念は、商業的なキャッチフレーズであり、「エコ」を取り入れることで経済効果を高めようとしているにすぎない。

「地球にやさしく」とは、なんとも聞こえはいいようだが、どうも矛盾があちらこちらであふれ出ているのではないだろうか?


道徳的概念は、常に「他にやさしく、己に厳しく」で充分のはずだ。


イエス・キリストの英米的発音は、ジーザス・クライストである。 そして、キリスト教信者は、クリスチャンと呼ばれている。

では、何故に、日本ではこの「クライスト」が「キリスト」と呼ばれているのか?

織田信長は、「鳴かぬなら殺してしまえ、ホトトギス」と言い放ち、クリスチャンを弾圧した殺人鬼である。 「切る」「キル」「KILL」を遂行したキラーである。


さて、クリスチャンは大きく二つに別れている。
旧約聖書を重んじるカトリックと新約聖書を重んじるプロテスタント。

カトリックは、平等主義、プロテスタントは階級制度を取り入れている。

ファーザーとプリーストとの違いも注目すべきところである。


また、エホバの証人の業務が、民家のドアをノックしては営業を続けるために、「エホバの商人」とも呼ばれているが、決してピンポンダッシュしない。 
ただ、糖尿病にかかってしまえば、インシュリン注射さえ受けることができずに酷死を余儀なくされる。
プロテスタントは、資本主義を重視した「ベニスの商人」のユダヤを承認し、ペニスを武器にする性犯罪者たち。 プリーストは結婚してはならないことを理由にシスター達や幼児達を姦淫する達人である。

一方で、ケネディー大統領は、アメリカ大統領歴代者雄一のカトリックであり、彼以外は、黒人オバマ大統領も含み皆プロテスタントである。
何故に、ケネディーが暗殺されたかは明白であり、その狙撃方法は、成人雑誌「ハスラー」誌社長とも類似している。
「ハスラー」誌と「プレイボーイ」誌との違いは、各自が注目すれば良いのではないだろうか。

日本の文化・宗教・政治・経済うんぬんは、全て混乱をもたらすように仕向けられ、混沌・麻痺状態を平板化させる洗脳社会であり、「蟻」のごとく操られている。

感情すら「表」に出すことを自粛する教育を受け続けている。

「恥」というものを気にしていながら「蜂」に操られているように思えてならない。

「メリークリスマス」と喜び皆クリスチャンになったその一週間後には神社に訪れる仏教徒になり、物事は季節のように変わり、世の中はグルグル回転し、人々の頭の中もグルグルと回転しめまいしながら毎日を送っているかのようにみえる。

滑稽なありさまなのが、ベンツ・BMW・ポルシェにこだわるのか、ハイブリッドと称した半分ガソリンといった不便さ・中途半端さにこだわるのか、供給があって需要が成り立っている経済化である。

「人の上に人をつくらず」とリンカーン口調で「学問のすゝめ」をうたった福沢諭吉は、紙幣の中で一番上の位に立っているではないか。

この諭吉さんは、アゲマンなのか、サゲマンなのか、イチマンには変わりない。

日本の政府はガバマン(ガバメント)のようにやられまくって、見下されているところに、私は「恥」を抱いている。