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青空文庫




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今回読んだのは、堀辰雄『風立ちぬ』です。




この作品、ジブリのアニメ映画『風立ちぬ』にも着想を与えています。

タイトル同じですしね。


ジブリの『風立ちぬ』は、零戦の開発者の堀越二郎と、この堀辰雄の『風立ちぬ』の主人公を、混ぜて2で割ったようなフィクションになってます。








堀辰雄の『風立ちぬ』は言わずと知れた有名な作品です。


死に行く婚約者と二人、限られた短い時間を高原のサナトリウムで過ごした、濃密な愛の記録の物語です。


本文は日付ごとに、主人公が婚約者に語りかける日記調で書かれております。


このお話、作者の堀辰雄の実体験をもとに書かれているそうです…すごく辛い経験をしたんですね。










この作品、私が読むのは二回目になります。

一度目は高校生か中学生の頃、父の蔵書を借りて読みました。


…が。


避暑地のサナトリウムで病弱なお嬢様との悲恋…ってのが、どうも私の好みではなくて。


そもそも主体性の無い女性には魅力を感じられず、むしろつまんない女の子だなーとしか思えないタイプの私には、このお話のヒロインの節子にまったく魅力を感じられず。

結果、作品自体も退屈なお話だなぁとしか思えなかったのでした。


サナトリウムで大事な恋人を看取って、その死を悼む…うへぇ!気持ち悪!昔の少女漫画かよ?ってのが、まぁ、当時の感想でした。







しかし、今回再読して、この作品の魅力にやっと気付きましたよ。

10代のピチピチギャルには理解できなかった、この作品の本当の姿を、今の私なら看破できます。









『風立ちぬ』は、よくそう思われているように、死をも乗り越える夫婦(まだ婚約段階ですが)のすばらしい純愛、あるいは生への希望を描いた感動作…ではありません。


むしろ死を前にしているからこそ、この世の全てから自分達二人を切り離して、二人きりの愛の世界に溺れることができた、異常な愛のお話です。

はっきり一言で言っちゃえば、要は変態愛の小説です。






谷崎潤一郎の作品をよく悪魔的と言いますが、この『風立ちぬ』も同様な意味で悪魔的です。


死を弄ぶ、エロスではなくタナトスの物語です。

本来は堂々と名作だなんて言っていいものではなく、こっそりと後ろめたい気持ちで読むべき作品と思います。

生よりも死を喜んでるんですから。





そこのところに気づいて読むと、『風立ちぬ』は実に面白い作品です。


堀辰雄のすばらしい情景描写の筆から浮かび上がる美しい冬山の風景の中、サナトリウムという世間から切り離された場所での濃密な二人だけの純粋な愛の世界…とても幻想的で神話的です。



恋人達の二人だけの世界は、普通はいつか社会的なものへと世界の門を開かなくてはなりません。

いつまでも二人だけがよければそれでいい!というような、外からの接触を排除した暮らしを続けていくことはできません。


もうあなたしか見えない♡もう君しか見えない♡…なんて言ってられるのは短い時間だけで。

いつかは二人はカップルとして友人達とも付き合わねばならないし、結婚したら親族達ともうまくやっていかねばならないし、子供ができたらますます社会に馴染んでしっかりとした家庭を築いていかねばならないし。

二人きりの愛の世界なんてのは、期間限定の幻想でしか無いのです。


でも、その先に死が待っているとしたら?

確実な終わりが待っているとしたら?


永遠の別れに向かう二人は社会性なんて考える必要はなく、ただ相手のことだけを思って永遠の愛を感じることができるでしょう。


現実的には近いうちに死によって二人の永遠の別れがやってきますが、先の無い状態で築き上げた愛ならば、変化していく必要がないからこそたとえ相手がいなくなっても、存在し続けることも可能です。

つまり、相手がいなくても自分の心の中でだけで、いつまでも愛を続けていくことができるでしょう。





二人きりの楽園って、神話ならばともかく、現実世界ではまず破綻してしまいます。

それってメンヘラの恋愛ですから。

社会性の無い関係の継続は、この世では難しい。

袋小路に陥ってしまうだけです。


しかし、実はそのカセを簡単にはずし、袋小路の壁を軽々と超えていく方法があります。

それは、単に死をもってすればいいのです。

先がなければ、愛の楽園に至ることも可能です。








そんなこと考えて読むと『風立ちぬ』って、美しい純愛小説ではなくって、すごい異常な愛の小説なんだってことに気づくでしょう。

作品に流れているのは、生ではなく死の讃歌です。









***








ところで話は変わりまして。




なんで私が今回急に、以前に読んでつまらなかった小説をもう一度わざわざ読んでみたくなったかというお話をしましょう。






その理由、実は出産で産科病棟にしばらく入院した体験からなのですよ。




今はコロナ禍ということで、一度産科病棟に入院すると、妊婦は家族にも面会できず、退院までは赤ちゃんと二人だけで病棟で過ごすことになります。

病棟で会うのは同じ身の上の妊婦さんや、出産直後のお母さんと新生児の赤ちゃん、看護師さんに助産師さんにお医者さん…その程度です。


なーんか、外部との接触が断たれたあの空間、出産直前直後の母子だけが医療的に強力な保護下で隔離され完全に守られる、あの特別な空間の中にいると、とても不思議な気持ちになりまして。


御伽噺の世界にいるみたいだなーとか、伝説の迷家にでも入り込んじゃったみたいだなーとか、とにかく現実味のないフワフワした居心地を感じました。

そして、あー、これ、なんかもしかしてサナトリウムに似てるのかも?って思いついたのです。


サナトリウムというと、トーマスマンの『魔の山』とか、村上春樹の『ノルウェーの森』なんかとともに思い出したのが、堀辰雄の『風立ちぬ』。


あの産科病棟での不思議な経験の後で、サナトリウムが舞台になる小説を読んでみたくなったのでした。








コロナ禍のご時世のせいで、なんだか不思議な体験をしました。

娘と一緒に完全に隔離され完全に守られる…運の良いことに私はいつも元気に暮らしてきたので、こういうのは初めての経験でしたよ。


ちょっと人生観に影響受けちゃうくらいに、不思議な体験でした。












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青空文庫 18




前回の青空文庫シリーズの記事です。














青空文庫さんを利用させてもらっての読書感想文はこちら↓


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