福永信 著、『アクロバット前夜』を読みました。
リトル・モアのハードカバーです。








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本を取り囲むお魚は、熱帯魚のベタです。
ヒレをレース編みにして表現してみました。
これは、編み図からの、私のオリジナルです。






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この本の最大の特徴は、レイアウトです。

一部だけなら、本の中のお写真載せても大丈夫かな?
引用ってことで。



横書きのレイアウトです。

そして、ページの端に数字が並んでますよね。
上から、1、2、3…

これ、単に行数を表す数字です。



この本、読み方がとても変わっています。
1ページ目の一行目を読んだら、次は2ページ目の一行目へ、次は3ページ目の一行目へ。
このようにして全てのページの一行目を読んだら、最初に戻って、今度は二行目を読んでいきます。

不思議な読書体験です。
一行読んでは次のページに移るわけですから、ページを繰るスピードはものすごく早くなります。


ペラ、ペラ、ペラ…


まぁ、ぶっちゃけ読みにくいですね(笑
一行目、二行目…あたりの上の方はともかくとして、十五行目とかになると、間違って上下の行を読んでしまったり…


それでも、ただ本を読むという体験の中に、実は身体的な動き、それも、字を目で追うという以外にも、ページを繰るという動作が入っていることを意識できて、面白いです。
普段の読書だと、ページを繰る動き…あまり意識にのぼらないんですよね、少なくとも私は。

それから、ペラペラペラペラ…。
ページをめくるこのスピード感、慣れてくると、なかなか気持ちの良いものでもあります。







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さて、肝心の内容ですが。

短編集です。

この本の著者は現代美術にも造詣の深い方で。
美大を中退した方なのですよね。
実際、そっち関係の本も書いてらっしゃいます。

現代美術…好きな方はいらっしゃいますでしょうか?
私は、実はかなり、好きなのですが。

この本に収められている短編は、みな、現代美術を思わせます。
小説は小説なんですけれども…なんだか絵画や映像、あるいはインスタレーション、それを小説で表現しているみたいです。

現代美術、特に日本のもの。
かなりアニメやゲームや漫画なんかの、オタク文化との親和性が高い…ですよね。
いや、親和性が高いというよりも、むしろオタク文化から生まれてきているというか…オタク文化を生み出した人間の精神の根底にあるもの、例えばリビドーとか食欲とかサディズムとか…そういったものが分化しないで混ざり合っているような、肛門期の幼稚さ。
そんなものを純粋にして露骨に取り出したものを、日本の現代美術に、私は感じます。




わけのわからない夢を見たりしたことはありませんか?
物理的に現実的にありえないシチュエーションの夢。
空を飛ぶとか、すごく小さな穴の中に入れてしまうとか。
人間関係がめちゃくちゃになっていたり。
猛獣が襲いかかってきたり。
ありえないほど大量の食べ物や、または食べ物ですらないものを食べれちゃったり。
とんでもない人のことを好きになってたり、性交しちゃったり、殺しちゃったり殺されちゃったり…

目が覚めてから思い出すと、かなりグロテスクな世界です。




子供の頃って、このわけのわからない、整合性のない夢のような世界と現実の世界の折り合いがついた、不思議な世界に私たちは生きていたと思うのです。

実際、私はかなり小さな頃…多分3歳とか4歳とか、そのくらいの頃。
赤ちゃんはお母さんのお腹から産まれてくるという知識があったにもかかわらず、それでも、子供というものはお父さんとお母さんが結婚したらある日突然、少しずつ少しずつ世界に存在を得て、両親の目にとまっていく、そして両親の子供への認知が強くなるにつれて、子供はこの世界に確実な存在を得ていく…そんな不思議な自然発生をするものだと考えていました。

現実の出産と、自分で作り上げた子供の神話とが、なんの矛盾もなく私の中では同居していました。
どちらも正しいのです。それが私の世界だった。
論理構造が、大人になるまでに学んだこの今見ている世界のものとは違う。
夢の中のような、めちゃくちゃな世界観です。

幼稚な世界観。




それから、幼稚さは他には…例えば、大好きな男の子について。
幼稚園児時代の私にも、やはり好きな男の子というものはいたもので。
大好き!…なんだけど、どうしていいかわからないのですよね。
性的に成熟する前のリビドーの持って行き場がわからない。
キスしたい、くっつきたい、まぁ…はっきり言っちゃえば単にセックスしたい…そう思えるのは性的に成熟したからであって、幼児の私には大好きな男の子に一体何をしたいのか、さっぱりわからない。
だから、頭の中はもうめちゃくちゃなんです。
仲良くお手手をつないだり、抱きあったりしたかと思えば。
何故か今度は、わざと意地悪したくなったり、逆に意地悪されたくなったり。
ひっぱたきたくなったり、ひっぱたかれたくなったり。
噛みつきたいだとか、もう、めっちゃくちゃ。

だけど、確かにそこには、食欲やらサディズムマゾヒズムやらと混ざり合った幼稚な強い性衝動があったのです。

幼稚な性欲。




幼稚さ、幼稚さが作り出していた世界…これ、日本の現代美術の一部を作り出している重要なものだと、私は思います。

そして、この本に収められた短編小説にも、また、幼稚さが溢れかえっています。






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なーんて、小難しく書いてみましたが。

実際のところは…この本、すごく可笑しいんです。
一言で言うならば、シュールな笑いに溢れています。



(あ、以前も書いたことがありますが、私、シュールって言葉、本当は嫌いなんですよ。

なんでかと言うと…シュールって言葉、これ和製外国語だからです、しかもシュルレアリスムから出てきた。
私、シュルレアリスム、とても好きだったのです。
シュルレアリスムは超現実主義と訳しますけれど、「超(とっても)現実」主義であって、「超(超えた)現実」主義ではないのです。
現実からぶっ飛んだもの、ではなくて、どこまでも現実本当の現実の姿を表そうとしたものが、シュルレアリスムなんです。
頭の中で情報操作され整合性の取れた偽物の現実ではなくて、むき出しのそのまんまの情報だけの現実、それを表そうとしたのがシュルレアリスム…だと私は思ってます。

…だから、本来のシュルレアリスムとはかけ離れた、シュールという言葉が嫌いなのですけれども…
でも、便利な言葉ですね、残念ながら。
我々の信じる現実からぶっ飛んだ不思議な様子を、誰にでも伝わりやすく端的に表せちゃう。
幾ら私が頑張って筆をつくすより、「シュール」って一言言ってしまった方が簡単確実に伝わる。
くそー、悔しいなぁ。)


この本の小説は。
ありえない「世界」のお話…ではなくて、現実的な世界においてのありえない「シチュエーション」のお話…だらけです。


(近いものだと、漫画の『おしゃれ手帳』とか、『伝染るんです』とか…私なら挙げるかなぁ。)



例えば、この本の表題作『アクロバット前夜』という一編では。
好きな女の子のお部屋に毎夜忍び込み、彼女の日記を盗み読む男の子がでてきます。
彼は、自分の気に入らない彼女の日記中の文章を塗りつぶしてしまったり、彼女が目覚めたら机の下に隠れたり…しますが。
いや、どう考えてもバレるだろう?って行動がバレずに通ってしまいます。
しまいには、ある夜には、彼女の部屋に忍び込んでみたら、まだ彼女が起きていて、しかたなく彼女が寝るのを同じ部屋で待ってみたり…
すさまじく、ありえないシチュエーション…。



さらに、この福永信の小説では、ありえない状況が、動きまくります。
普通に読んでいても、一行先では何が起こるかわからない。
なんていうか…二度見?してしまうくらいに、とんでもないことが次の行では起こったりします。

日常生活でも、二度見しちゃうこと、ありますよね。
なんの構えも無くぼーっと美しい野山の風景を見ていたら、例えば、草むらの中にいきなり便器とかそんなものがあったりしたら、「え"?」って二度見しちゃいませんか?

その感覚です。
文章を追っていて、いきなり「え"?」がやってきます。
ちょっと一瞬、自分の目を疑ってしまうような…

この感覚、よく現代美術のインスタレーションなんかで表現されている感覚だと、私は思うのですけれど。

そして、そのシュールな感覚に、この本では、笑いがこみ上げてきてしまいます。
「ヤバ、ちょーウケるんだけど!意味わかんねー!何だこりゃwww」
な、感じです。
ツッコミどころが多すぎて、もう吹き出すしかありません。






繰り返しなんかも多用されています。
小学生の下手くそな作文みたいに。
「今日は天気が良かったと思っていたら、そういえば窓の外を見てみると、天気が良かった」みたいな。
これは私が適当に書いた下手くそな小学生の作文的一文ですけど。
福永信の下手くそな小学生の作文的繰り返しは、絶妙です。
本当に下手くそな小学生の作文的繰り返しのような滑稽さが、小学生の下手くそな作文みたいです。

これも、幼稚さ、ですよね。
小さな人って、繰り返しが好きでしょう?
昔流行ったテレタビーズなんか、覚えてませんか?
あれも、やたら同じ映像を繰り返していました。






小説の登場人物は、みなステレオタイプでわかりやすく、特徴のないキャラクターばかりで、これまた、よろしい。
大量生産のマネキンたちみたい。
…人物を書いた小説ではないですね。
行動と状況だけで、転がっていくストーリー。
意味のないお話。






変で、滑稽で、幼稚な世界。
私は、大好きです。

この本、私と笑いのツボがかぶる人には、かなり面白いと思います。














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記事タイトルにも書きましたが、この本、再読です。
随分と前に一度読みまして…とても面白かったので、同じ著者の別の本も読みたいと思ったのですが。
すっかり忘れてしまっていました。

しかし、本棚の奥で埃をかぶっていたこの本が、最近自分の目に偶然とまりまして。
思い出して再読し、さらに他の著作も取り寄せました。

福永信の本、これから続けて読んで行きます。








あ、わすれるとこだった!
この『アクロバット前夜』なんですけど。
普通のレイアウトで印刷されたものが、『アクロバット前夜90°』として出てますので。
興味のある方は、お好きな方をお選びいただけますよ。




















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