尾崎翠 著、『第七官界彷徨』を読みました。
河出文庫です。









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ご本のまわりには、紫陽花のコサージュを飾ってみました。
…季節外れも良いとこですが。
これは私の手編みです。
ダイソーさんのレース糸で編みましたよ。





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この小説、昭和の初めのころに書かれたものだそうです、が。
マジか!?
っていうのが、第一印象でした。

とてもそんな古い著作だとは思えませんのです。

尾崎翠は幻想文学界隈では有名な作家で。
私も幻想文学は大好きなのですが、浅学にしてこれが初読の尾崎翠の著書となりました。


もっと早くに読んでおけばよかった…。


この本ね、めちゃくちゃ面白いんです。


先に書いちゃおうかな?
印象としては、例えば…

夢野久作とか、福永信とか。
それから、ほんの少しだけ、カフカ、村上春樹、漫画の『オシャレ手帳』、ブルトンの『溶ける魚』。
舞城王太郎も、一部分はそうかな。

この辺のものから感じる…なんていうんでしょう。
どこもかしこも、ほんの少しだけズレている…けれど、そのズレが全体でバランスをとっていて。
ズレが1箇所2箇所だけなら、バランスを崩して破綻するはずの世界が、ギリギリの安定を保っている。

そんな、歪みを感じます。




不思議な小説です。



ストーリーは単純です。
冒頭、
『よほど遠い過去のこと、秋から冬にかけての短い期間を、私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである。』
一人称で語られる、これが全てです。

主人公は赤いちぢれ毛の女の子、小野町子。
町子が、従兄弟の三五郎、兄の一助と二助の住む家に、炊事係として入りこむところから始まります。

従兄弟の三五郎は翌年の春に二度目の受験をする音楽受験生。
兄の一助は分裂心理学(ママ)を扱い、分裂心理病院(ママ)につとめる医者。
兄の二助は、蘚(こけ)の恋愛を研究する学生。
そして、主人公の町子は、
『人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう』と望む女の子です。

彼ら四人は、それぞれ色々なまったく違うことを勉強していますが、性格はほとんど同じです。
この本、著者による『「第七官界彷徨」の構図その他』という、執筆の際のお話も載っていまして。
そこで、著者自身が言っております。
『登場人物達の性格の色分けは問題とせず、むしろ彼等を一脈相通じた性情や性癖で包んでしまうことを望みました』
と。

ちなみに四人のほかにも登場人物はおりますが、それらの人々も、ほとんど同じような性格です。

控えめで、ちょっと被害妄想が激しいわりには、普通の人なら怒りそうなことには全く腹を立てず、また自分も腹を立てられるとは思っておらず、なんだかズレた感覚の人達で、内省的で、そして町子の家庭の四人は全て失恋者たちです。


お話は、ほとんどの場面が町子達の暮らす、オンボロピアノのあるオンボロお家の中(庭を含む)で展開されます。

町子の暮らす女中部屋、一助の部屋、二助の部屋、三五郎の部屋、茶の間、玄関、みかんの木の生垣で囲われた庭、お隣さんと共同の井戸…

この家の中、四人の人間があちらへこちらへ、移動を続けます。
三五郎が女中部屋へ、町子が一助の部屋へ…
お家は一階建てなので、上下の移動はなく、水平の移動だけです。

この小説、私の心に一番に浮かんだイメージは、間取り図と、その間取り図の上で移動する四つの点です。
四つの点はひっきりなしに移動を続けます。

しかし移動は多くても…場がかわっても、四人が別の人の部屋という場に移動しても、なにも変化はありません。
だって四人の性格はほとんど同じなんですから。
どこへ行ったってすんなりと収まってしまいます。
間取り図を移動する四つの点は、全て同質の点です。区別が無い。

ああ、そうだ。
このお家の中で同じような人間が移動していくイメージは、私にポール・デルヴォーの絵の、特徴のない虚ろな目の女達が並ぶ様を喚起させました。

この小説、なんだかとにかく色んなものを思い起こさせるのです。







間取り図の中、特別なものといえば、二助の部屋とピアノでしょうかね。

二助の部屋には所狭しとコケだのハツカダイコンだのが並び、こやしの山があちこちにあって、いつもこやしを炊く強烈な匂いが立ち込めています。
この部屋はこの小説中で唯一うまくいっている恋である、コケの官能的な恋愛が行われている部屋でもあります。
植物の、濃密なエロスのお部屋です。

それからピアノ。
このオンボロピアノを三五郎はひどい扱いで使用していますが、それでも三五郎の伴奏で皆んなで音楽を歌ったりします。
なんとなく、お家の中心のような、感じがします。






さて、この小説では、変わった人達の住む変わったお家の日常と彼らの失恋の哀感が、町子の一人称で語られていくわけなのですが。

町子の語りと住人達のセリフは、何とも言い難い、不思議な空気を醸し出しています。
夢の中の世界のようです。

妙な繰り返し…同じようなことをちょっと言葉を変えて言い直してみたり。
行動とその理由が、どう考えようとちぐはぐにしか見えなかったり。

なんていうか、私たちの常の論理構成とは微妙に違うんです。

それは、変、としか言いようがないような…

そもそも、町子の語り口調も変なのですよね。
若い女の子なのに、である調です。

だいたい、町子が書こうとしている人間の第七官にうったえる詩だって。
第七官って、何なのか?よくわからない。







お話自体は単純です。
失恋の話とはいえ、ドラマチックなことは書かれていませんし。

でもこの小説では、そんなことはどうでもいいこと。
仮に何の事件もない一日を書いたとしても、それは変な一日に、必ずなるんでしょう。

変、なんです。とにかく。

全体的になんとなくズレてて変な上に、さらにそれを上回る、明らかに変なことまでやりだす始末で。

例えば三五郎と町子が、二助の部屋を片付けるとき。
なかなか動こうとしない三五郎が、やっと片付けを始めようとしてまずしたことが。
町子を天井の方に持ち上げて、降ろすことでした。

意味がわからなくて、ここだけ話すとシュール(私、この言葉嫌いなんですけどね)ですよね。
でも、この小説を読んでいると、これ、変なんだけど、別に違和感は感じないというか…

こういう変なことが、浮かずに文章に混ざり込んでしまう。
なんともフワフワとした、夢の中のような、論理のちぐはぐな…








そんなお話です。


めちゃくちゃ、面白いです。
でも、変で、何とも言い難い…

言葉ってすごいですね。
ほんのちょっとかけかえただけで、不思議な世界がうまれてきます。

















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