F.M.コーンフォード著、山田道夫 訳、『ソクラテス以前以後』を読みました。
岩波文庫の青です。



本と並んでいるのは、私が作ったソックモンキーです。
ダイソーさんで買った100円靴下で作りました。
なかなか良い出来だと自己満足しております。



この本、表紙には『西洋古典学、ギリシア思想史の格好の入門書』と書かれています。
ページを繰ってみると、どうやらこの本はケンブリッジでの夏季講座のギリシア哲学コースの一部らしいです。
4つの講義から成り立っています。
そして、この講座のテーマは「現代生活に対する古代ギリシアの寄与」だそうです。



目次は、

『序文
第一章 ソクラテス以前のイオニア自然学
第二章 ソクラテス
第三章 プラトン
第四章 アリストテレス』

こんな感じです。




一読した素朴な感想としましては、『面白くてわかりやすい』です。
以前に読んだ 加藤信朗 著『ギリシア哲学史』よりもずっと読みやすく、すんなりとイオニア自然学からソクラテス・プラトン・アリストテレスの流れが飲み込めます。
もしも人に勧めるならば、私ならこの『ソクラテス以前以後』の方ですね。

ただし、それは別に『ソクラテス以前以後』に比べて『ギリシア哲学史』が劣るなんて訳では決してありませんよ。

ただ、『ギリシア哲学史』は出版元からして東京大学出版会ですから、大学生の教科書向けなんですよね。
お勉強用の本ですから、面白みは自分で見つけないといけません。
好きな人なら楽しめるでしょうけれど、興味のない人にはつまらないものになっちゃうと思います。

対して『ソクラテス以前以後』は一般聴講者への講義を収めたものですから、サービスも旺盛でそりゃ読みやすくなるわけです。

本の性質が異なります。

そういう観点をふまえて、私なら『ソクラテス以前以後』の方を推すということです。





この本を読んで一番嬉しかったのは、どうしてソクラテスがこんなにも重要視されているのか?ということが、何よりも丁寧に解説されていることでした。

これ、実は私、ずっと不思議だったんですよね。
「どうしてソクラテスなんだろう?他の人ではいけなかったんだろう?何が違ったんだろう?」って。

プラトンとアリストテレスについては、ソクラテスからの流れですからね。不思議でもないんですが。
創始者のソクラテスについては、何故にこの人でなければならなかったのか?と疑問に思うのは当然かなと思います。



本書では、イオニア自然学にきっちり遡ってから、ソクラテスへ向かって解説してくれています。


○イオニア自然学はどのようにしてうまれたのか?どういう性質のものなのか?それがうまれたということはどういう意味をもつのか?

○そこからソクラテスがなしとげた『外的自然の研究から人間の研究および社会における人間的行為の諸目的の研究へ』の哲学の転換の意味。

○ソクラテスと同時代に活躍したソフィスト達の思想史上の意義と、彼らとソクラテスの決定的な違い。

○そして、ソクラテス哲学から出発して、プラトン、アリストテレスがどのようにソクラテスの精神を受け継ぎながら彼らの哲学を展開していったか。




この本はね、本の題名が『ソクラテス以前以後』ですからね、例え誰のことを語っていても、常に焦点はソクラテスなんです。
徹底してソクラテスを中心に書かれています。
ソクラテスが登場した意義を浮かびあがらせるように。


いや、嬉しいです。
実はまさに私はそういうことが知りたかったのでこの本を手に取ったのですから。
どんぴしゃりのテーマなのです。


自分の力だけでソクラテス登場の意義を考えるには、それこそソクラテス以前以後のかなりの量の文献を読まないと無理ですからね。
私のような、乱読系の趣味の読書家にはちょっと厳しいのです。

この本を読むことで、『ソクラテスの意義』についての一つの論を知ることができました。
次は他の人がどう考えているかも知りたいと思います。




ところで、本書において、イオニア自然学からソクラテスへの流れは、人間の発達心理学めいた比喩を使って説明されています。

人間が、幼児から大人へと成長するに従っての世界の捉え方を、ギリシアの思想史に重ね合わせて説明してくれています。
これが、非常にわかりやすくて、納得がいきます。

でもね、これ、納得できすぎて、ちょっと危険な気がします。

著者は『もし個体がいまもなお種の歴史を集約的に反復しているのだとすると』なんてちゃんと断りを入れてくれているのですが。
でも、出来が良すぎて、この断りを忘れてしまいそうになるんです。

そりゃ心理学も、哲学もね、ともに人間を扱ったものですから、似ている部分があって当然だと思います。
けれど、その類似に特別な意味を感じてしまったら、それはもう魔術的だと思うのです。
哲学の領域を外れてしまいます。神話世界に逆戻りです。

そういう危険なんかを避けるためにもね、この本は解説もきちんと読んだ方が絶対に良いと思います。

訳者によって書かれた解説では、著者の学問的経歴をダイジェストできちんと書いてくれています。

著者は、文化人類学をベースに持っているそうです。
なるほど、そういえば本文中でもマリノフスキーの引用がありましたしね。
そういう基盤に立っている人のソクラテス観なんですね。そりゃ魔術的な記述にもなりますわなぁ。

解説ではコーンフォードの経歴の他、訳者は著者の説に対する批判のあり方や、時代背景を考えたちょっとした注意点みたいなことも、控え目な表現ながらもちゃんと書いてくれています。

フェアですね。『ソクラテス以前以後』の素晴らしい点を褒めるだけでなく、問題点も正直に書いてくれているのですから。
とても読者に親切です。


まぁ、とにかく、どんな権威だって頭から信じちゃだめってことですね。
せっかく哲学の本を読んでいるのですから、ちゃんと自分で考えて疑って哲学しなくっちゃ、なのです。





その他に興味をひかれたこととしまして。

プラトンとソクラテスの線引きの問題です。
プラトンは自分の著作を、ソクラテスを主人公にした戯曲という手段で書いていますから。

どこまでがソクラテスの考えで、どこからがプラトンの考えなのか。
難しいのです。


その上、プラトンさんたら『パイドロス』において、
『書かれた言葉』は『ものを知っている人が語る、生命をもち、魂をもった言葉』の『影であると言ってしかるべき』
なんて書いてます。

…ちょっと勘弁してほしいのです、「この文章は嘘である」パラドクス的なことはやめてくださいな。混乱しますよ。



ソクラテスとプラトンの線引き問題は『ギリシア哲学史』 においても取り上げられていました。
当然ながら学者さんたちの意見の割れどころなんですね。


そういえば、私が以前に書いたプラトンの『プロタゴラス』の感想の記事。
実は一カ所、ソクラテスと書くべきところをプラトンと書いてしまっている場所があるのです。
後で読み返してみて気づきまして、直そうかどうか迷った末に放っておくことにしました。
意図せずに、自分のプラトン・ソクラテスの線引きの混乱が表れていていいかもなぁと思いまして。


本書においては、ソクラテスとプラトンの境目…というよりは、ソクラテスとプラトンが一致していた時代と、プラトンがソクラテス哲学を発展させた自分の哲学を語りだした時代の境目…といった形で書かれてると思うのですが、その時期をプラトンがピュタゴラス学派の影響を受けた時点に置いているようです。
それがスタンダードな考え方みたいですね。

ピュタゴラス学派のことも丁寧に書かれてあって、一体プラトンがどんな影響を受けたのか、とてもわかりやすく書かれています。






あと、気になったこととして。

著者は、ソクラテスには『希求切望の観念』『すなわちそれは、事物の真の原因ないし説明は、始原にではなく、終極において探求されるべきだという考え』があり、それはプラトン、アリストテレスにも受け継がれている、だから三人の哲学は、全て目的因の哲学なのだと言っています。

そしてこの目的因の哲学が出てきた必然性を説明するために、物理学や生物学を比喩に使っているのですけれど。
ここはちょっと、首を捻るような表現が多かったです。

それというのも、この本の講義があったのが1932年。
素粒子の分野では、この年にやっと中性子、陽電子が発見されている段階。
遺伝子研究の歴史では、ワトソンとクリックのDNAの二重螺旋構造モデルの発表がまだまだ先の1953年という状況です。

本書の書かれた時代の科学の進歩状況を考えると、仕方が無いですね。











この『ソクラテス以前以後』、初めにも書きましたが、実に読みやすいし、面白いです。

何十年も前に書かれて、今では当時より研究も進み、現在の感覚で読むならば疑問点も含まれる著作ですが、それでも今尚読み継がれている理由は、読めばわかります。名著です。

魔術的に感じる程のぴったりな比喩を使い読者を引き込み、その上でギリシア哲学史をわかりやすく解説してくれます。
それは、読者が「ソクラテスは素晴らしい!」なんてまんまと啓発されてしまうほどの力強さです。

私なんて、この本を読んだ途端に、さっそく積ん読本の中からプラトンの『メノン』 を選んで読みはじめてしまってますもの。

……単純で影響されやすい性格ですね。
騙されやすいタイプです。
詐欺被害に遭わないように気をつけようと思います。






まあ、何はともあれ、てなわけで、この『ソクラテス以前以後』は、「ギリシア哲学を勉強したい!」と啓発されたい奇特な方には、非常にオススメです(笑)
面白いですよ。


















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