夜の闇に怪しく白く浮かび上がる花、夕顔です。
控えめな芳香が辺りに漂います。



十月も終わりに近づいてきて、やっとこさうちの夕顔が咲き始めてくれました。

…遅いですね。

でも、この夕顔、種まきしたのが八月の半ば過ぎでしたから、仕方が無いのです。

春先に種まきした苗は、私の水管理失敗により枯らしてしまいまして。
それで私は不貞腐れてしまって、もう今年は夕顔は無しのつもりだったんですけど。

…やっぱり見たいなぁと。無理だろうとは思いつつも夏の盛りにもう一度種まきしてみたんです。

夕顔は順調に発芽、成長はしてくれましたが、なかなか肝心の蕾がつかない。
ダメだったか…と諦めかけていたら、最近やっと咲き始めてくれました!やったね!





正面から。

季節外れ気味ですからね、お花の形は崩れています。
まん丸にはならないみたいです。
ちょっとお星様型。

フラッシュをたくと、なんか花弁がサテンみたいに写りますね。
実際はもっとマットな質感です。





蕾です。

ドリルみたいで面白い形ですよね。
ソフトクリームにも見えるなぁ。

この蕾、多分今夜中に咲きますよ。
膨らみ方が、そんな予感を抱かせます。



ちょっと追ってみましょう!






しばらく経ってからもう一度見に来てみると、ほらやっぱりね!
もう開きかけてます。

もうすぐ、もうすぐ…






って、あれ、ほんの十数秒目を離したすきに、もうこんなに開いちゃった!

暗いですからね、開花の瞬間は見逃してしまいました。
残念です。
しかし、一瞬で開くものなのですねぇ。
まるで爆ぜるようにして花弁が開くんだなぁ。





二輪ならんで開花です。
素敵、素敵!





さて、室内に戻って…

せっかくなので、源氏物語を引っ張り出してきて、『夕顔』を読んでみました。



この本、いいでしょー?ふふふ。
谷崎潤一郎 訳の源氏物語なんですよ。
父が親戚の誰かの形見で、全巻セットで貰い受けたそうです。

随分古い本で、印刷も活版です!
活版印刷の本、オブジェ愛好心をくすぐりますね。
んー、せっかく読むならならこういう本で読みたい!
電子書籍は便利なんですけどね、この紙の本の、時代を経た味はどうやったって出せませんから。
本の価値は、それが持つ情報だけが全てではないのです。




『夕顔』源氏物語の中でもちょっぴり異色な章です。




なんか、始まりからして不気味な印象を受けます。

源氏が六条御息所にこっそり通っている頃、内裏から恋人のところへ向かう途中、病気になった乳母のお見舞いに立ち寄ります。
乳母の家に入るため、門が開くのを待っている間に、源氏はこの家の傍にある粗末な家に目を止めます。

その家を覗き混んで見ると、
『美しい額つきをした透影が数多ちらちらして、此方を覗いてゐるのが見えます。立つてあちこちしてゐるらしいその人たちの、顔から下を想像して見ますと、無闇に背が高いやうな感じがして、どう云ふ者共が集つてゐるのであらうかと、異様に思し召すのでした。』
文章表現はプレーンなんですけど、そこはかとなく薄気味悪さが漂います。
のっけから、なんとなく不安を誘うシーンです。



『夕顔』のあらすじは、

『源氏十六歳の夏から十月までの事を記す
心あてに それかとぞ見る 白つゆの ひかりそへたる 夕がほの花
よりてこそ それかとも見め 黄昏に ほのぼの見つる 花の夕がほ
○源氏六条御息所の許に通ふ
○五條邊で夕顔を見出す
○秋八月夕顔急死
○夕顔の死後源氏病気
○冬、空蝉夫と共に伊䂊に下る』

です。本についていた栞より。


夕顔の急死は、物の怪に取り殺されることによるものです。
…オバケが出てきます、怖いのです。

ところで、この和歌のやりとり、いいですねぇ。
さすが平安時代、恋愛も雅やかです。素敵だなぁ。



この二人の恋愛なんですが。
夕顔も源氏も、お互いに名も身分も隠しての恋愛です。
源氏に至っちゃ覆面をして顔まで隠している始末。
身分があまりに違いすぎますからね、仕方ありませんのです。
…でも、この状態って、気味が悪いです。お互いにお互いが誰かをを知らずに逢瀬を重ねているんですから。



『「さあ、もっと気の置けない所へ行つて、ゆつくり話さうではありませんか」などとお持ちかけになりますと、「そんなことを仰つしやいましても、まだ御様子が何となく不思議で、普通と違つていらつしやいますのが薄気味惡うございます」とあどけない口調で云ひますので、成る程、とお笑ひになりながら、「ほんたうに、あなたか私か、孰方かが狐なんでせうね。まあ化されてご覧なさい」と、やさしく仰せられますと、女も殊勝に得心して、そんな風にもなつてみようと思ふのです。』

ここのやりとりも、美男美女が交わしている言葉だと思うと、すごいくらいに美しくって、怖いです。
最後には夕顔の君が物の怪に取り殺され、亡くなってしまうことをこちらは知っているだけに、運命めいていてなおさらに怖いのです。



『夕顔』は全編通してひたすらに不気味さ、不安感がただよいます。
直接物の怪が出てくるシーンは当然ですが、そこ以外の、ちょっとした一つ一つのシーンが、なんとなーく気味が悪いんです。
真綿で首を絞めるように、ジワジワと忍び寄る恐怖が不安を煽り続けます。
平安の闇に蠢く物の怪達の脅威が身近く感じられます。

これは幽美…とはちょっと違うかなぁ。
かと言って、じゃあなんて言えばいいのかは、わからないんですけど。語彙が少なくて悲しいなぁ。
まぁ、とにかく、ゾッとします。




源氏物語で、こんな、美しいけど不気味な章、他にないと思います。
なんで、『夕顔』だけ、こんななんでしょうねぇ?

やはり、夕顔の、闇にぼんやり白く浮かぶ花の姿が、漂う香りが、この不可思議なエロティシズムの世界を産ませたのでしょうか?





都会に住んでいると、夜の闇の恐ろしさ、忘れてしまいますよね。
深夜でも、どこもかしこも明るくて。
東京なんて、女の子が一晩中一人で飲み歩きしてたってぜーんぜん怖くないんですもの。


でも、田舎に戻って来て、私、思い出しましたよ。
一寸先も見えない深い闇を。

夜の闇って、本能的な恐怖心を煽りたてます。
遠い遠いご先祖様たちが日常的に感じていたであろう、闇に潜む肉食獣=捕食者への恐怖心とか、そういうものが蘇ってくるんでしょうかね。







暗く深い夜の闇…その見通せぬ濃い闇の奥で、何者かが密やかにこちらを伺っているような気がしてなりません。

そして、夜ひらく夕顔の花たちは、その様子を見て意地悪にクスクス忍び笑いしているのかも。





…なーんてね。















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