ここ数年、毎年夏になると釜山のチャガルチの雑踏が恋しくなって、逃げるように田舎をあとにしてフェリーの出るターミナルまで足を運ぶことが恒例になっています。
本来、仕事柄、野生の鹿やウサギに出くわすような山奥ばかりで仕事をしているせいか、真逆の環境に身を置いて、密集したビル、街の色、匂い、人情などに触れると勝手に血が騒いで、旅行から帰ってからの日常への切り替えが面倒くさくて
「数日間は鬱だな」と、自身のコントロールに手間どう夏休みになっています。
ただこの度は、ちょっと違う結果になって少し気分が楽になったような‥
いつもは一泊かニ泊で、南浦洞辺りの歩いて行動できるエリアを散歩して食事して、買い物してホテルに戻る
その繰り返しで、よく足を伸ばしても海雲台、甘川文化村くらいで、それで良しとしていました。
ですが今回は三泊とって、丸二日間、現地ガイドさんに案内をお願いすることになりました。
事前の予定では、ガイドさんに南浦洞まで来て頂くことになっていましたが、諸事情により、私が地下鉄に乗って西面までガイドさんを訪ねることに‥
釜山の地下鉄は乗ったことがないし、タクシーでも良かったけど渋滞するし、約束時間もあるし、
正直、面倒くさいなと思いながらもチャガルチから西面まで、満員電車に揺られて20分後に到着、
無事ガイドさんと合流しました。
その後の展開は今から思えば夢のようでもありましたが
初日は、まあ省くとして…
二日目は、海岸線を蔚山まで車で連れていってもらい、あちらこちらの名所を案内してもらい、ついでに韓国語のレッスンも受けながら、釜山、蔚山の田舎の風景を楽しみました。
見て感じたこと‥
古い家屋はレンガ造りで面白いし、食堂や町家も色彩豊かで、そこは明らかに違うけど、全体的に何か自分が住んでいる田舎の風景とあまり変わらないような印象
この根底にある「変わらない風景」みたいなものが安堵感となって現れて、帰ってからも切り替えなしの、何か旅行の延長線上みたいな感じで仕事に戻れそうだ、みたいな感覚にとらわれたのは収穫だったと思います。
「一人旅の後遺症」
みたいなものの原因が、現実逃避だとは解ってはいるのだけれど、なかなかバランスを保つのは難しい‥
海東竜宮寺でしたか? 間違っていたらすみません
海岸の岩肌に溶け込んだ名刹で、釈尊やら薬師如来やらお会いできました
「何事もバランスが肝心」
みたいなことを確か、苦行で疲れ果てた釈尊がミルク粥を食べながら言っていたことを、ふと思い出しました。
まだまだ信心も、廃れてないようです