3日目(12/24)-part2-
【7】オレンジビーチ
米軍が上陸したオレンジビーチがありました!!
本当に滑走路と近いです😳
朝の5時ごろに上陸作戦を開始し、
上陸できたのが午後の2時くらいだといわれています。
それほど日本軍はここで米軍に上陸させまいと戦いました。
数でいうと米兵の戦死者約2000人のうち1200人ほどが上陸の際に亡くなったといわれています。
このビーチからは、もう一つの激戦地アンガウル島も眺めることができました!!
~お昼ごはん ♪ ~
オレンジビーチに行ったあとは、
お手製のお弁当をいただきしばし休憩です(^o^)
【8】西太平洋戦没者の碑
この慰霊碑は日本政府によって
西太平洋戦没者のため建立されました。
戦没者が靖国神社へ向かえるよう、
日本の方向を示した石がありました。
また、亡くなった人々の多くが水を求めていたことから、もう水の心配をしなくてもいいようにという造りもされています。
この碑は昨年テレビでも、
たくさん映っていたので見たことがある方もいるのではないでしょうか?
ここにたどり着くまでの道中は
ほぼジャングルで、ここを目的にしない限り絶対に行かないと思うような場所にあります!!
本当にひっそりとした慰霊碑です…
【9】零戦
慰霊碑から戻る途中、
道から10メートルほど森に入ると
ボロボロになった零戦が置いてありました。
完全な形ではありませんでしたが
プロペラなど部分的には分かるくらいに
残っていました。
第二次世界大戦前半には
性能で優れていたといわれる零戦。
軽量化を重視したためか、
本当にペラッペラでした!!
【10】米軍の戦車(LVT)
前にも少し書きましたが、
これが米軍の戦車です。
水陸両用で日本の戦車と比べると
とても大きい造りです。
【11】大砲
日本軍の大砲がありました!!
大きさは結構大きいです!!
この大砲も使われなかったそうで、
キレイな状態で残っています。
大砲の後ろ側に回ることもできます!
【12】ペリリュー神社
戦いを指揮した中川州男(くにお)大佐が自決したといわれる大山のふもとにありました。
神社の中には、アメリカの太平洋艦隊司令長官であったミニッツの言葉がかかれた石碑がありました。
『諸国から訪れる旅人たちよ。この島を守る日本軍人が、いかに勇敢な愛国心を持って戦い、そして玉砕したかを伝えられよ』
本を読んだり、靖国神社内の遊就館に行ったり、戦争について学んでいくと必ず思うことがあります。
今の日本は平和です。
しかし、この平和の陰には71年前に命をかけて戦ってきてくれた人々がいるということ。当たり前だと思ってしまう、この平和を私たちは本当に大切にしていかないといけないということです。
神社の近くには、米兵のための慰霊碑もありました。
【12】中川大佐自決の地
中川大佐が自決したといわれている洞窟です。
みんなでお線香をお供えしてきました。
洞窟の中には、慰霊に来た人がお供えしたと思われるお酒や国旗などいろいろなものが置いてありました。
実は、中川大佐の自決の地は完全に分かっているわけではありません。
それは、米軍がブルドーザーでいくつかの洞窟は埋めてしまったからです。
碑に行ったあと、有力な候補地の近くまで連れて行ってくれました。
行く途中は下の写真のような道を通りました。
赤く塗られた側は爆弾の処理が完全には終わっていない、というゾーンです。
もしかしたら、、、ということがあるので絶対に踏み込まないように!!といわれました。
道を進むと片側が崖で、もう一方が谷になっていました。
崖の方には人が入ることができる洞窟がいくつもあり、戦時中はここを使って戦っていたということもおしえていただきました。
ペリリュー島観光を終え、港へ戻ります。
戻るとこのようなものを発見しました!!
英語と日本語で書かれています。
実際に行ってみて感じましたが、
ペリリュー島と日本のつながりはとっても濃いように思います。
もし、パラオに訪れることがあるならば
ぜひペリリュー島にも足を運ばれてみてはいかがでしょうか…(^o^)
ペリリュー島編が長くなってしまいました!!😓
-part3-に伸びます!!
この後、嵐の中コロール島まで戻ります!
船はスリル満点です✨
日本ではなかなか味わえません!!
part3では、クリスマスパーティの様子や
お世話になった亮さん、さきさんについて載せたいと思います ♪











