今日はとある田んぼに行ってみました。

 

7月に田植えをして、夏の間中、一生懸命草取りした田んぼです。

もちろん稲刈りはもう終わっています。手で稲刈りしたので、田んぼにはそこら中に稲ワラが散らばっていました。刈り株も刈ったときのそのままです。

 

その田んぼは周囲を丘に囲まれています。その丘は木で覆われています。

水のない田んぼに立ってふとそれらの木々をみると、葉がない。

毛細血管のように細かな枝が白茶けて、背景の白い曇り空の中に溶け込んでしまっている。

 

その時、私は妙にこころさみしくなりました。

 

8月の一番暑いとき、私は水のはったこの田んぼに入って、草取りをしたものでした。

水が風呂みたいに熱かったのを覚えています。裸足の足には、まとわりついてくるような、何の生きものともしれない感触を感じました。

空は重苦しいほどに青くて、綿菓子のように分厚い雲が浮かんでいました。

湿気が身体をつつみます。耳には、蝉の声が響き続けるため、その蝉の声がもはや音とは認識されなくなってしまうほどです。

草いきれのにおい。山を押し潰すような圧倒的な緑。

夏の太陽が放つエネルギーによって、私の五感は目一杯に刺激されていました。

 

今は、冬。12月。

 

同じ田んぼに立つと景色が、そっけない。

土は乾き、空々しく風が吹く。葉を落とした木々は爪楊枝を並べたよう。空は白く、ときおり、そばを通る車の音が聴こえるだけ。

 

これは脱け殻のようだ。自然がその色鮮やかな着物を脱いで、骨だけになってしまったかのようだ。

 

ここで夏は夢になった。

この夢は懐かしく想う夢。

あの躍動と、賑やかさ、明るさ、弾けるようなエネルギー。

老人が若かりしときを思い出すように。

今冬となって、身体を寒さで縮こまらせながら。

もうすぎた夏を想うのだ。