他者に必要とされることがエネルギー源
たまたまネットニュースで東出さんのロングインタビュー記事を読みました
是非、お時間ある人は読んでいただきたいです
別に東出さんの男女関係云々の話ではなく、人と人がともに暮らすということの1つの在り方を話していると思います
その中で
「『個は個である』『各々好き勝手』っていうのがいいと、僕は思っているんです。この不便さの中に楽しみを生み出すには、なんでも自力でやった方が面白い」
とおっしゃっている1文があり、本当にそうだなぁって離婚した今、私はとても強く思います
というのも、私は【家族】という形にひどく強くこだわっていたと思います
家族というものは、こうであらねばならない!みたいな信念です
夫と共同生活がどう考えてもうまくいかない、息苦しいのであれば、別々に住むという家族の形でも全然よかったなって今は思っています
一緒の仕事をするのではなく、別々に仕事をして一人の人間を共同で育てていくという感覚が私たち夫婦にあれば、また違った形での幸せを手にしていたんだろうなぁと今は思います
当時の私たちは一人になる怖さ、不安がとても強く、関係性がうまくいっていないのは重々わかっているのに無理やり一緒に居続けてしまいました
それゆえに元夫はストレスで暴言・暴力が増し、私もヒステリックになっていきました
東出さんも
「決めすぎることはしないんです。『こうあらねばならない』とか『なんでこうしてくれないんだ』とか、期待とか約束が裏切られると憤りになったり怒りになったりする。それもなんか煩わしいし。親しいからこそ、人との距離はきちんと取りたいと思っています」
本当にそう思う
夫婦だから、親子だからこそ、距離はとった方がいい
けど皆、当時の私もそうだけど【心が離れないか不安】一人になる孤独に耐えられない
そして【自分で自分の精機嫌がとれない】ゆえに家族という近い人間に依存しがち
こうも東出さんは言っています
「東京にいた時は、仕事もあってお金も持っていても、『これで一生食っていけるんだろうか?』と不安に思うことがいっぱいあったんです。でもこっちに移り住んだ今、『俺、どうやったって生きてけるな』って思うから、俳優業でぶちかましてやるぜと思える。実際に、力もついてきたかなと思います」
これすごい今の私にヒットしました
東出さんのように【私、どうやったって生きていけるな】という精神的な安定が自分の中にないからなんだって気づきました
で、たぶんどうやったって生きていけるって【人とのつながりの中】にしか見いだせないのではないか?と思いました
どんなにたくさん稼いでも不安になるのって、これ(俳優業)がなくなったらどうしようって居場所がなくなる(必要とされなくなる)って恐怖があるからで、本業以外にも必要とされている場所があれば、そういう人との繋がりがあれば、精神的には安定するのでは?と思いました
ということで私は少しバイトをしてみようと思います
田舎なので収穫の手伝いでもいいですし、海が近いので海町でしかできない仕事も体験してみたいですね!
そうやって【どうやったって生きていける】感覚を取り戻して、【お金を稼ぐ】ことに焦点を当てたいと思いました
東出さんは芸能人故に一般の人でも全然起こりうる【浮気、心が離れてしまう】ことを大々的に叩かれ人権まで侵害されたのに、ここまでよく自分を見つめ生きる強さを取り戻したなぁと感心させられます
そして東出さんの言葉に離婚した私はエネルギーを頂きました
あゆも言ってたけど、【自由には責任が伴う】
本当にそう
東出さんは人生に絶望してたけど、人とのつながりの中で生きていく強さを手に入れたのかもしれないですね

