アルバム。
そこを開くと遠い記憶を逆戻りしながら
その時の感情とご対面をし
今の僕がこうです。と紹介をする。
デジタル化が当然の現在からすると
少し前までのアナログな時代がとても損してる
気分になったりする。
あの頃の写真はあるのに
すぐ後の次はなかったりする。
管理能力の欠如?だけとも限らない気がする。
昔のカメラはフィルムに録りそれを現像、焼の工程に流し浮かべる。専門的な技術に依頼して、
自分の手元に戻ってきた物で初めて確認が出来る
。そんなスケジュールを要したわけですね。
長く保管していれば色褪せ
鮮明な写真も想像がつかない様な姿になり、
それに伴い思い出も霞んでいくような。
だから今は思い出を残すことがとてもあっさりしてる感じも受けるし、手段も多くある気がする。
あの時の思い出を振り返りたくても
共有できる品物がない。
言葉で伝えても
聞いた人により語尾は変化してしまう。
結果、違った形の思い出が作られたりしてる。
今の人にはない感覚かもしれません。
思い出を事実より素敵な事のように語りたくなる
感覚。
何故か?
それは分からない。形に残ってるものであれば偽りなくそれが物語ってくれもする。
でも、所々途切れた僕のアルバムには、想像と予想を入り混ぜながらの繋げ方しかない気がする。
それを嘘と言う人もいる。
それが本当と言う人もいる。
区分けされるのには理由があるのかもしれない。
でもその理由を知ることは、僕には絶対無理な様な気がするし、知る必要もないのかもしれない。
開いたアルバムに残る僕。
あんな笑顔してたんだ、と驚きもある。
今、その笑顔が出せるのか疑問にも思う。
紛れもない僕がこちらを見つめて問いかけてる。
掛け替えのない記憶。
すり替えの要らない記録。
これからの僕にはどんなアルバムが残るんだろ。
馳せる思いはやっぱり止まらない。