「見張りが酒を飲んでいただと!?」
召使いが差し出すガウンに袖を通しながら
トリル子爵は声を荒げた。
「クビだ、クビだ! あやつら全員、放り出せ!」
子爵は怒鳴った。
それでも怒りが収まらず
なんの脈絡もなく召使いを叱り付ける。
「それに侵入者をゆるすとは
見張りの城兵はなにをやっている。
速やかに捕えるよう、使いを出せ!」
配下の者が一礼し、走り出そうとする。
が、先ほどミヤビと戦闘を繰り広げた老人が
「少しお待ちを」と声を掛けた。
子爵は使いの者を、待てと言って留めた。
「実は…」
老人が子爵の耳元で囁く。
子爵の顔色が変わる。
「……まことか」
子爵が老人の顔をまじまじと見つめた。
「はい。間違いございません」
老人はうやうやしく頭を下げた。
子爵の口が、真一文字に結ばれる。
しばらく唸った後、決心したように口を開いた。
「城兵には知らせるな。
我らだけで賊を捕えるのだ」
そして、激しい口調で言った。
「いざという時は、始末して構わん。
良いな、必ず我らだけで仕留めるのだ!!」
屋敷に灯が燈り、捜索の足音が響く中
サキたちは中庭にある燃料庫に身を潜めていた。
侵入した勝手口から出るつもりだったのが
先に逃げ出したモモコとアイリが誤って
中庭に通ずる扉から出てしまったのだ。
中庭も表通りとは面していたのだが
調度、見回りの城兵とかち合ってしまい
引き返した。
ところが他の三方は屋敷と接しており
敷地外に出られない。
しょうがなく、燃料庫に隠れた。
「ねえ、ちょっとマジでヤバイよ」
窓から様子を伺っていたミヤビが呟く。
どれどれとサキも窓から顔を覗かせる。
「うわぁ、これってマジじゃん」
アイリと共に薪が積まれた場所に
身を隠していたモモコが、どういうことかと尋ねる。
「あれ見てごらん」
サキが指差す。
数人の男たちが見えた。
手にしている武器は、魔法の剣や大振りの斧など
殺傷能力が強い物ばかりだ。
「見つかったら殺されるよ」
サキの言葉に、モモコの顔色が変わった。
「ウソでしょ!?」
子爵としては、彼女らが城兵に捕まって
アイリを連れ去ったことが露見することが一番不味い。
そうなる前に口を封じ、たとえ兵たちに見つかっても
侵入者を始末しただけだと言えば咎められることはない。
「それに、アイリちゃんはともかく
ウチらを生かす理由はないしね」
アイリにしたって、命の保障があるわけではない。
子爵にとっては、己の保身の方が大切だからだ。
「でも、どうする? 身動き取れないよ」
ミヤビが言う。
敷地の外に出るには、庭を突っ切って大通りに出るか
屋敷に戻って裏から出るしかない。
そして、そのどちらにも彼女らを探す男たちが居る。
「う~ん、そうだなぁ」
サキは唸った。ぐずぐずしてられない。
ここもいずれ捜索の手が伸びるだろう。
「よし、火をつけよう」
「えっ、なに言ってんの、キャップ?」
驚きの表情を見せるモモコに
なんでもいいから山積みになった薪に
火をつけろと、炎の刃を指差す。
「ダメだって! ウチら逃げらんないんだよ?
ここに火なんてつけたら、焼け死んじゃう!」
「大丈夫だから。ほら、早くつけて」
サキは苛立った声を出した。
他に火をつける道具はなく
炎の刃はモモコしか使えない。
不安がるモモコを、宥めすかした。
観念したモモコは、剣を振り上げた。
「キャップ、責任とってよ!」
そう叫び、一気に振り下ろした。
その31 その33