──プロローグ──
サキとミヤビが興味深く見つめる中
モモコは短い杖をカウンターに置いた。
「なにそれ?」
ミヤビが尋ねる。
モモコは「まあ見てて」と微笑んだ。
杖を手に取り、無言のまま一振りする。
すると先端から紅い炎が現れた。
滑るように宙を漂い、窓に当たってふわりと消えた。
炎を目で追っていたサキとミヤビが
モモコに顔を振り向ける。
モモコは杖の先端を握り、不思議そうに見つめる
ふたりの目の前に、持ち手を差し出した。
「ほら見て、杖にはなんにも印が刻んでないの。
しかも呪文も唱えてないのに、炎が出るんだよ。
凄いね~」
どや顔で説明するモモコだったが
ふたりがまったく反応しないため、唇を尖らせた。
「ねぇ、もっと驚いてよ!」
「えっ、どうなってんの?」
ようやくミヤビが喰いついた。
モモコの顔に、笑みが広がる。
説明を続けようと口を開いたが
サキが杖を指差し声をあげた。
「これ、知ってるよ。
霊力の高い聖樹から創るんだよ」
通常、杖の霊力は、使う者の魔力を増幅させる効力がある。
だがこの杖は、霊力そのものを放出して魔術に変換する。
だから対応する魔術、例えばサラマンダーが宿る聖樹なら炎
ウンディーニが宿る聖樹なら水の魔術が
呪文を唱えなくとも使えるのだ。
「へー、凄いね。それって高いの?」
「う~ん、そうでもないかな」
霊力を放出するのだから、そのうち使い切ってしまう。
そうなると魔法の杖として役に立たない。
ようは使い捨てなので、それほど高価なものではないと
サキは答えた。
「チィが全力でこれ振ったら、たぶん
十回くらいで終わっちゃうよ」
だよねと言ってサキがモモコを見ると
なぜか不機嫌な顔で腕組みをしていた。
「どうしたの?」
「ねぇ、なんでキャップが全部言っちゃうの」
モモが説明しようと思ったのに、と唇を尖らせる。
「ゴメン、ゴメン」と早口でサキは応えた。
「ってことはさぁ」ミヤビが杖に手を伸ばした。
「ひょっとして、ウチにも魔術が使えるってこと?」
「やってごらんよ」
イタズラっぽい笑みを浮かべ、サキが言った。
ミヤビは頷くと、杖を手に取り、掌に二度三度
打ちつけ感触を確かめた。
そしてモモコを真似て、振ってみる。
が、まったくなにも出ない。
もう一度振るが、結果は同じだ。
炎は上がらなかった。
「なんだ、出ないじゃん」
ミヤビはムキになってブンブン杖を振り回した。
突然、弾けるような音がしたかと思うと
杖の先端から煙が上がった。
「わぉ!」
驚いたミヤビは、思わず杖を取り落とした。
サキがコロコロと笑い転げた。
床に転がった杖を拾い上げる。
「人間っていうか、生き物はね、みんな魔力を持ってるものなのね。
まあ、強い弱いってのはあるんだけど」
特に強い鳥獣を魔物と言い、人間の場合は
魔術師と呼ばれるのだとサキは言った。
「で、この杖はその魔力に反応するの。見てて」
胸に手を当て息を整える。
真剣な表情を作り「よし」と呟いて気合を入れる。
武器屋の扉に身体を向け、杖を振り上げた。
乾いた唇をペロリと舐め、一気に振り下ろす。
すると小さいながらも炎が灯り
店の中ほどまで進んで掻き消えた。
ミヤビの肩がピクリと上がる。
カウンターの中からモモコが両肘を突いて乗り出し
「ほぉ」と声をあげた。
上手く行ったことに安心したのか、サキはホッと息をついた。
「実はアタシも昔は習ってたんだけどね。
才能ないって言われて、止めちゃった」
そう笑って杖をカウンターに置いた。
魔力が弱い人でも、目に見える魔術を使えることから
この杖は初期の魔術の修行に使われるのだと言う。
また逆に、印を刻まなければあまり強い魔術にならないため
軍が模擬戦に用いたりもするらしい。
その2