「もう、なにやってんのモモォ」
サキが呆れ声をあげる。
ユリナは水しぶきで濡れた袖を拭いながら
食器棚の影から出た。
膝を曲げ無理な姿勢をしていたため、太ももが痛い。
椅子に腰掛けようとしたのだが、びしょ濡れだった。
しかたなく、テーブルに手をついて身体を休める。
「だってぇ…しょうがないじゃん」モモコは肩を落とした。
「今モモ、サーミヤに見つめられたんだよ?
呪われるトコだったんだから。危ない、危ない」
そう言いながら二の腕を抱え、
寒気を払うようにさする。
「病気になったって、いいじゃん。
だって、倒したら呪い解けるんでしょ」
「あっ、そっか」
見つめられたところで、
すぐに水を掛けてやればよかったのだ。
相手はあれだけ衰弱しきっている。
呪われる前に退治できたに違いない。
「モモチ、ビビリすぎ」
「ホント、どんだけ、だよ」
ふたりに責められ、モモコは唇を尖らせた。
「ずっと隠れてたふたりに言われたくないんですけど!」
その後、これからどうするかを三人で話し合ったのだが
「まあ、リサコもずっと抱えてるわけにはいかないし、
なんとかなるでしょ」
という楽観的なサキの発言でお開きとなった。
この日も店は忙しく、ひっきりなしに来客があったのだが
熱病の薬を求める者は、ぱったり来なくなった。
客の中には本人、もしくは家族が流行り病に
侵された者もおり、ユリナはそれとなく
その後の経過を尋ねてみた。
すると、すでに完治している者を除き、
症状に差があるものの、昨晩から急に病状が
軽くなったのだと口を揃えた。
自分が病魔に侵されていないことから
あの子はサーミヤなどという、
恐ろしい魔物なんかじゃないでは
と疑っていたのだが、モモコの説を裏付ける
この結果に、その余地はなくなった。
あと、心配なのはリサコ自身だ。
もう戻ってこないのではないかと
ユリナとモモコは案じたが
「行く当てなんてないし、そのうち帰ってくるよ」
とサキはこれまた楽観的に答えた。
リサコがある程度、貯えを持っていることは彼女も知っていた。
だが、魔物と一緒に泊めてくれるところなどない。
一日、二日は野宿でしのげても、
お腹が空いたら帰ってくるよとサキは笑った。
ところがサキの予想に反し、リサコは
その日の昼過ぎ、店に現れた。
どこかに匿っているのか、魔物の姿はない。
彼女は、午前中サボってしまったことモモコとユリナに詫び
薬屋に戻って調合を始めた。
これといっていつもと違う様子はなく
客に対しても、モモコたちに対しても
いつもと同じように接していた。
が、魔物のことを尋ねると
「ぜぇ~ったい、教えない!」
と怒ったような表情で言い放ち、そっぽを向いた。
こうして一日、二日が過ぎた。
依然、魔物の行方はわからない。