──プロローグ──
屋根を打つ雨音が、激しくなった。
曇った窓硝子を伝う水滴を眺めながら
ユリナはひとつ息をついて椅子に腰掛けた。
武器屋ではモモコが手を振りながら
最後の客を送り出していた。
ありがとうございました、と甲高い声をあげる
モモコに続き、ユリナも身を乗り出して、
ありがとうございました、と声を掛ける。
間仕切り代わりの戸棚に阻まれ姿は見えなかったが
扉の呼び鈴が鳴るのが聞こえた。
窓に雨の中を駆ける人影が映る。
モモコがスカートを押さえながら椅子にストンと腰を下ろした。
ふたり顔を見合わせ、今日も忙しかったね
と笑みを浮かべる。
ここ数日、休む間もないほど忙しい。
近くに新たな街道が開通したため旅の道具や
護身用の武具、それに携帯する薬草などを
買い求める客が増えたためだ。
加えて、たちの悪い熱病が流行り
マーサの薬屋は大繁盛である。
しかも当のマーサが、熱冷ましの薬草の在庫が
少ないということで、調達のため昨日から店を空けている。
忙しさはピークに達していた。
雨は客商売にとって天敵だったが
少しでも休息を取れるのはありがたかった。
ユリナは背もたれに身体を預け、大きく伸びをした。
だが、ささやかな安らぎはすぐに打ち破られた。
頭上から物音が聞こえた。
ユリナは振り向いて二階に目をやった。
板張りの床を這いずり回る音がしばらく続いた後
ドンとなにかにぶつかったような音が聞こえた。
そして次の瞬間、陶器が割れる音が辺りに響き渡った。
「もう、あの子ったら」
ミントが暴れているのだ。
ユリナは深いため息をついた。
ここ数日、忙しさにかまけ
ほとんどかまってやることができずにいた。
そのせいで、フラストレーションがたまっているようだ。
普段は部屋で大人しく待っているのだが
ユリナが長旅から帰った直後のように
盛大に暴れている。
閉店直後に、部屋の後片付けをするのが
日課となって久しい。
「しょうがないなぁ」
ユリナは重い腰を上げ、武器屋に顔を向けた。
店番をモモコに任せ、少しだけでもミントの相手を
してやろうと思ったのだ。
ところが、モモコは椅子に座ったまま
だらしなく頭を傾け、寝息を立てている。
モモコも相当、疲れが溜まっているのだ。
客が途絶えたこのひと時に
居眠りするくらいはしょうがないだろう。
ユリナは肩を落とした。
二階の物音を気にしつつ、ゆっくりと腰を下ろした。