月明かりの元、安楽椅子を揺らせながら
ミヤビは深緑に沈む森をぼんやり眺めていた。
ホーホーとフクロウの鳴き声が聞こえる。
それはゴブリンが森に潜んでいない証拠でもある。
裏門の施錠はあえてしていない。
その代わり、ひと際大きな罠を張ってある。
昨夜のように、門をくぐりゴブリンが一歩敷地に
踏み込めば、その時点でゲームセットだ。
隣の影がむっくり起き上がる。
「ミヤ、代わろうか」
眠そうに目をこすりながらチナミが言った。
「いいよ、ゆっくり寝てなよ」
「…でも」
「チィは昼間一杯働いたんだから。夜は任せて」
大量の魔法陣を張ったおかげで
チナミは体力も魔力も使い果たしていた。
起きていたところで、役に立つか疑わしい。
それに敷地をぐるりと罠が囲んであるのだから
監視すること自体が不要だ。
依頼主に対するポーズでしかない。
ミヤビはそう言ってチナミを説いたが
彼女は首を縦に振らなかった。
モモコに一体なにを吹き込まれたのだろうと
ミヤビは首を傾げた。
「もう…じゃあいいよ、一緒に起きてよ」
ミヤビはそう言って安楽椅子から降りた。
重そうに腰を上げたチナミが、代わって
その椅子にどっかと腰掛けた。
椅子が前後に大きく揺れる。
反動で身体が投げ出されそうになったが
彼女は揺れるがままに身を任せていた。
ミヤビは隣の床に膝を抱えて座った。
気持ちよさそうに椅子に揺られるチナミを見て
この様子なら、結局は寝息を立てることに
なるだろうと首をすくめた。
顔を森に戻す。椅子が揺れるたびに軋むような音が
リズムを刻み耳に心地いい。
ところが、音はすぐに止まった。
見上げるとチナミが首をだらしなく曲げ、寝入ってる。
「しょうがないなぁ」
ミヤビは身体をよじって後ろにある毛布に手を伸ばした。
が、再び椅子の揺れる音が聞こえた。
振り返ると眠そうに目をこするチナミが立っていた。
「ちょっと…外、歩いてくるよ」
「なんで?」
ミヤビは首を傾げたが、すぐにそういうことかと
頷いて立ち上がった。
これだけ罠を張ってあるのだから監視は意味がない。
それに昨日の今日だ。
警戒してゴブリンが近づいてこない可能性も高い。
だったら周辺を探索した方が、よほどいいだろう。
「チィ、頭いいじゃん」
ミヤビが言うと、目をしょぼつかせさせながら
そんなの知ってるよとチナミは呟いた。
「じゃ、早く見回りに行こう」
ミヤビはそう言ってチナミの手を引いた。
が、彼女は棒立ちのまま動こうとしない。
「見回り?」
チナミが目を細め探るようにミヤビの顔を見た。
ミヤビは黙ったまま大きく、ゆっくりと首を縦に振った。
「なにそれ?」
「えっ、ここは罠いっぱい張ってて
監視してても無駄だから、外に見回りに
行こうって、思ったんでしょ?」
ミヤビは人差し指を下に向け周囲を指しながら言った。
だがチナミは難しい顔をして首を横に振る。
「じゃあ、なんで外行こうって思ったの?」
「……ただの眠気覚ましだけど」
ミヤビの目が大きく見開かれた。
そしてガックリとうな垂れる。
一瞬でもチナミを利口だと思った自分を後悔した。