「前に言わなかったっけ、クマイちゃんペット飼ってるって」
床に転がった燭台を拾い上げながらマーサが言った。
かなりなついているようで、足元をミントがまとわり付いてくる。
リサコは不機嫌な表情で首を振った。
ため息をつき陶器などの破片を箒でかき集める。
「じゃ、リサコ知らないか。クマイちゃんと一緒に旅してるか
この部屋に引きこもってるかだからね。
この子がそう、ミントっていうの」
「なんで、魔物なんて飼ってんの!」
魔物じゃないよミントだよと言いながら
マーサは比較的損傷の少ない工芸品を棚に戻していった。
「なんかね、旅先で出会ったらしいよ。
あんまり可愛いんで連れて帰ったって」
「か、可愛い? これの、どこが可愛いの!?」
「可愛いくない?」
背中に飛び乗ったり、腕にぶら下がったりしてじゃれてくるミントを
適当にあしらいながらマーサは答えた。
その様子を見ていると、嘘や冗談で言ってるわけではなさそうだ。
マーサやユリナの美的感覚はどうなっているのか。
リサコは肩を落とし、イヤイヤをするように首を振った。
するとミントは、歯茎をむき出しにして
敵意のある視線をリサコに向けた。
それに対抗しようと、リサコも箒を振り上げる。
像を棚の上に戻していたマーサが
リサコの顔をチラリと見た。
「クマイちゃん、滅多なことで怒んないけど
ミントのことになるとヒトが変るからね。
あんまり苛めないほうがいいと思うよ」
「苛めてないもん! アタシがお尻、引っ掻かれたんだよ!!」
そう言って箒をミントに突きつけたが、マーサは信じてくれなかった。
そんなわけないよねと言いながら
マーサはミントの頭を撫でる。
ミントは目を細めながら、気持ちよさそうに
喉を鳴らした。
扉が開きモモコが姿を見せた。
食事の用意が整ったことを告げる。
リサコが部屋の掃除をしてくれないことに
モモコは不満を言いかけたが
ユリナの部屋の惨状を目の当たりにし、口をつぐんだ。
彼女もミントはあまり得意でないらしく
一歩も部屋には踏み入れようとはしなかった。
片付けの続きは食後にしようというマーサの提案に従い、階下に戻る。
武器屋のカウンターに、料理や飲み物が並んでいた。
リサコの頬が緩む。
「美味しそうでしょ!」
どうだと言わんばかりに両手を広げ
披露するモモコだったが
チーズの載ったパンや目玉焼き
暖めなおしたスープがあるだけだ。
これがモモの得意料理だもんねと
マーサに目玉焼きを指差され
モモコは下唇を突き出し、拗ねた表情を作った。
それでもサキの料理よりはマシだと
リサコは手を叩いて喜んだ。
雑談しながら三人並んで朝食を楽しんでいると、武器屋の扉が開いた。
「おっはよう!」
現れたのはサキだった。
なぜか弓を手に、背には数本の矢を背負っている。
予想外の訪問者に、リサコはむせながら顔を伏せた。
「なに、まだ朝ゴハン食べてんの? もう行くよ……あれ、リサコ?」
サキは首を傾げると駆け寄ってカウンターに飛び乗り腰掛けた。
そしてリサコの顔を覗き見る。
リサコは顔を背けた。
「リサコ、食欲が無いって言ってたんじゃなかったっけ?」
「ん…そ、そうだよ……」
「じゃ、なにしてんの?」
「えっ…それ…は」
リサコは咀嚼しながら口元を隠した。
マーサが慌てて助け舟を出す。
「もうそんな時間! 早く支度しないと」
リサコの背中を押しながら、店の奥へと連れ込んだ。
「ママ、どこか出かけるの?」
口の中のものを急いで飲みこみ、リサコは尋ねた。
「はぁ?」マーサがびっくり顔になった。
「なに言ってんの、リサコも行くんだよ」
「えっ?」
リサコは立ち止まり首を傾げた。
どうしたのとサキが身を乗り出す。
マーサはリサコを指差しながら、真ん丸い瞳をサキに向けた。
「このコ、忘れてるよ、山開きのこと」
「え、山開きって、今日だっけ?」
リサコの反応に、サキは頭を振ってうなだれた。
「リサコォ、フェニックスって憶えてる?」
「フェ、フェニックス?」
顔を歪め叫ぶリサコに、三人が一斉にため息をついた。
何度教えたと思ってるんだと、サキが呟く。
辺りを忙しなく見回しながら、リサコは慌てて話し出した。
「憶えてるよ、フェニックスでしょ、あれだよ…不死鳥!」
「違うよ、リサコ。フェニックスは…」
説明しようとするモモコを、リサコが遮った。
「わかってる! 不死鳥だけど、ホントは不死じゃないんでしょ。
ちゃんと憶えてるよ、それくらい」