早期解決に気を良くした村人たちは
当初の予定よりもかなり多い報酬をくれた。
元々、半月以上は掛かるだろうと想定していたので
期間短縮と報酬加増が相まって
日単価としてはかなり高額な仕事をしたことになる。
「ちょっとさ、のんびりしていこうよ」
日ごろサキにこき使われていると不満を漏らす
チナミのこの言葉を漏れ聞いた村の長は
それならばと貴族が魔物狩りの際に使う宿を
格安で紹介してくれた。
通常ならどれほど金を積もうが、町のハンター風情が
宿泊できる施設ではないのだが
なんでも農閑期には村人が宿屋の手伝いをして
生計を立てるそうで、顔が利くらしい。
こうしてチナミとリサコは、数日を豪華な宿ですごした。
客室は絢爛で居心地がいいし、食事は申し分ない。
近くには温泉が湧き、日ごろの疲れを癒すことができた。
「今日も楽しかったね!」
倒れこむようにしてリサコはベッドに身体を横たえた。
シーツから、甘い香りが漂う。
いつもの宿だと、誰のものともわからぬ汗の臭いに辟易しながら
眠りにつかなければならないのだが、さすがは貴族が泊まる宿だ。
連泊しているにも関わらず、毎日シーツが交換されている。
しかもなんらかの魔術がかけられているらしく
すぐに深い眠りに落ち、朝の目覚めもいい。
この日は朝から曇り空だったが、ついに雨が降り出したらしい。
規則正しく屋根を打つ雨音が心地よく、瞼が自然に重くなった。
が、いつもはうるさいほどのチナミの声が
まったく聞こえてこないことを妙に思い、身体を起こす。
「チィさん?」
チナミはイスに腰掛け、いつになく真剣な表情で
手にした小さな袋を覗き込んでいる。
声を掛けても微動だにしない。
「チィさん!」
リサコは大きな声を上げた。するとチナミは驚いたような顔を向けた。
「どうかした?」
そう尋ねると、チナミは固まった筋肉を
無理やりほぐすようにして笑顔を作った。
手を腿の間に滑り込ませ袋を隠す。
「な、なんでもないよ」
そう首を振るが、硬い笑顔の裏に明らかな動揺が伺える。
リサコが「ホントに?」と小首を傾げると
チナミの顔から表情が一瞬消え、今度は泣きそうな顔になって
リサコの元まで駆け寄ってきた。
「リサコ、お金持ってる!?」
「えっ、金貨ならここに…」
ベルトの裏から一枚の金貨を取り出した。
なにかあった時のためにと、サキが持たせてくれたものだ。
「そうじゃなくって、貯めてるお金とか…」
「ああ、家に帰ったらあるよ、ちょっとだけど」
薬屋の手伝いは、見返りに魔術を教えてもらうことで
賃金は取らない約束になっている。
が、店に行くたびマーサから「サキちゃんには内緒だよ」と言って
金額は少ないが給金を貰っていた。
それをリサコはこつこつと貯めていたのだ。
余談だが、賃金を貰うことで働く喜びや責任感を持って欲しいという思いから
実際にはサキがお金を用意し、マーサに渡すよう頼んでいたのだった。
そしてその金額とほぼ同額を、マーサが上乗せして
リサコに渡していることを、サキも知らないでいる。
「お願い、そのお金、貸して!」
両手をあわせ懇願するチナミに、どうしたのとリサコは目を丸くした。
するとチナミは、先ほど穴が開くほど見つめていた袋を取り出した。
逆さまにして中身をベッドにぶちまめる。数枚の銀貨が散らばった。
「これ、ウチらの全財産…」
「えっ、だってこれ…なんで!?」
ベッドの上の銀貨は、旅費としてサキから渡された額と変わらない。
グールを捕縛した報酬はどこへ行ったのか。
その疑問を口にするとチナミは「使っちゃった」と半笑いで答えた。
「でもね、半分はリサコのせいなんだよ」
「なんで!? アタシ知らないよ」
「だってほら、一緒にここ泊まったじゃん。温泉入ったでしょ
美味しいご飯たべたでしょ、楽しんだでしょ!」
それはそうだけど、とリサコは眉を寄せ首を傾けた。
「別にね、だから半分出せって言ってんじゃないんだよ。
お金は返す、返すよ?とりあえずね、キャプテンにバレないよう
貸して欲しいって言ってるだけで…」
「チィちゃん、お金ないの?」
リサコが尋ねると、チナミは「ない」と言ってまた半笑いを浮かべた。
リサコはふたりで旅立つに当たって、杖の件と共に
サキから言いつけられていた、もうひとつの事柄を思い出した。
「解決したら、すぐに帰ってくるんだよ。
絶対に寄り道したらダメだからね。
ほっといたらチィ、持ってるお金、全部使っちゃうんだから」