──プロローグ──
テーブルに両肘をつきその上にあごを乗せて
サキは窓の外をぼんやりと眺めていた。
煉瓦造りのお向かいさんと隣接する厩舎との間から
小麦を挽く風車小屋が見える。
春の日差しは柔らかく、室内を適度に暖めてくれていた。
ゆっくりと回転する風車を見ていると、思わず睡魔に引き込まれそうになる。
閉じそうになる瞼と格闘しているうち、突然呼び鈴が鳴った。
サキは眠気を払うように頭を激しく振ると
テーブルに手をついて、勢いよく立ち上がった。
「はーい! 開いてますよ。お入りくださぁい」
遠慮がちに開いた扉から顔を覗かせたのは
大人びた顔立ちの、それでいて表情や仕草に幼さの残る少女だった。
大きな瞳をキョロキョロさせながら、不安げに室内に目をやる。
サキは怯えさせないようにと、とびっきりの営業スマイルでテーブルを回り込み
椅子を引いて勢いよく掌を差し出した。
「どうぞ、どうぞ、お座りください。ご用件はなんでしょう?」
少女はしばらく佇んでいたが、決心したように一歩部屋に踏み入れると
インテリアをひとつひとつ確認するように見回し、サキの前に立った。
「ねえ、ここってモンスターハンターのお家だよね」
並ぶとサキより頭ひとつ高い。遠慮がちに「ええ」と頷くと
少女は膝に手を置いてサキの視線に合わせるように腰を曲げた。
「あのさぁ、ハンターのヒトいる?」
少女は小首を傾げ微笑んだ。あっけらかんとしたその態度に気おされながらも
サキは真顔で自分の顔を指した。少女の大きな瞳がさらに大きく見開かれた。
「坊やが?」
少女はそう言ってサキの顔を指差した。
サキはその人差し指を払いのけると、リスのように頬を膨らませた。
「あのねぇ…」
腰に手を当てため息をつく。八の字に下がった眉を目一杯吊り上げ
口を開きかけたその時、部屋の奥から大きなあくびが聞こえた。
「なにぃ、お客さん?」
眠そうに目をこすりながら現れたのは、髪の長い細面の少女だった。
サキは振り向いて声をかけた。
「ミヤ…まだ寝ててもよかったのに」
ミヤビは力なく手を振りながら
昼間っからそんなに眠れないよと呟くように言った。
彼女は夜な夜なゴブリンが現れて荒らすという
オリーブ畑の監視の任についている。
今朝は早くに戻ってきて寝室に直行、今夜もまた出向かなくてはならない。
慣れない昼夜逆転の生活に、ここ数日はいつも眠そうにしている。
少女がサキの脇をすり抜け、ミヤビの前に立った。
「あの、ハンターのヒトですか?」
ミヤビがしっかりと頷くと、少女は姿勢を正した。
「はじめまして、りしゃこです。ワタシを仲間にしてください!」
頭を下げる少女を指差しながら、ミヤビは助けを求めような視線をサキに向けた。
サキはひとつ息をついて少女のもとへ歩み寄った。
「いきなり仲間にって言われてもさぁ…」
いつまでも頭を下げ続ける少女に、ミヤビは頬に手を当て困惑気味に言った。
「そうだよ……えっと、リシャコちゃんだっけ?」
少女が顔を上げた。「りしゃこです。リ・サ・コ」
「ああ、リサコちゃんね」ミヤビとサキは顔を見合わせた。
どうやら、滑舌があまりよくないらしい。
「あの、ワタシ魔女になりたいんです!」
ミヤビの顔をまっすぐ見据え、リサコは訴えかけるように言った。
「魔女って、魔術師ってこと?」
眉を寄せ首を傾げながらミヤビが訊ねると、リサコは「魔女です!」と力強く答えた。
どうしたものかとミヤビはサキの顔を見た。サキはリサコの肩に手を置いた。
「ん~と、魔女になりたいってことは魔法が使えるの?」
「使えるよ!」
ミヤビには敬語なのに自分にはタメ口をきく。サキは頬を膨らませた。
別に敬語を使って欲しいわけではないが
あきらかに下に見られているのが許せなかった。
「じゃあ見せてよ、魔法」
ミヤビが言うとリサコは「えっ」と呟いてうつむいた。
「あの、ちょこっとだけですけど」
足元に視線を落とし人差し指と親指の間に小さな隙間を作る。
ミヤビは腕を組んで苛立つように体を揺らせた。
「ちょっとでいいから。やってみせて」
「じゃあ…」と言ってリサコは人差し指で小さく魔法陣を切った。
口の中でもぞもぞと呪文を呟き、手を差し出す。
すると、小さな掌から水が湧き出た。
「おお!」
ふたりは感嘆の声をあげリサコの掌を覗き込んだ。
「あの、モンスターハンターなのに魔法使えるヒトいないんですか?」
上目遣いにふたりを見比べながらリサコが訊ねた。
たいした術でもないのにこの驚きよう、彼女の疑問も当然だ。
サキが唇を大きく横に開き、白い歯を見せながら首を傾けた。
「いないこともないんだけどねぇ」
「うん。ちゃんとしてくれてればいいんだけどねぇ…」
とミヤビは頭をかきむしった。ぽかんと口を開けリサコがふたりを見つめていると
ミヤビがサキに顔を向けた。
「どうしよ、キャプテン」
「キャプテン!?」リサコが声を上げた。「このヒトがキャプテンなんですか?」