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転職活動もなんとか落ち着き、
上京して文章を一生のスキルにするための第一歩を踏み出す見通しがついた。一度失敗しても、人生の二幕はいつでも開けられるのだ。
大丈夫だ、将来性も期待も持っている。
東京には叶える土壌がある。
帰る場所も私にはある。
むしろ、いつか故郷でしっかり根を張るための上京だ。投げやりなのではない、これは努力だ。
と、何度も何度も確認した。
言い聞かせるように確認したのだ。
ニート生活もひと月をすぎた。
あとひと月もすれば上京しきびきび働く私が世界にいるはずなのだ。
そのための春休みではあるが、パソコンのローンもまだ終わってない中での無職は非常に心苦しく、単発バイトやら、GW短期バイトやら、手当り次第にとにかく何かしら上京の元手を作っているところだ。
今日はGW短期バイトのまさしく一日目だった。
自宅からほど近いアミューズメント施設(フェイク含)のアシスタントを、シフト変更さえなければ8連勤させていただく予定になっている。
寂れた地元の施設とはいえ、さすがにGWは感動する位に人が多い。
感動の分類としては地元が盛り上がっているという懐古的喜びである。老若男女(文字通り、おばあおじいの老と、孫世帯の激若という組み合わせが多いという意味で、ティーンなんかは殆ど居ない)が各々ワクワクやら興奮やらを携えた瞳で笑っている光景を見れて、なんだかこちらまで嬉しくなりました。
ここまでひと月ニートだったからGWを無駄にしているなんて気持ちもなく、なんならひと月も社会に食わせて頂いた私が社会の皆様へ奉仕しているという喜びがとても大きい。
もちろん暑すぎ4月で日焼けはマジないわ、休憩短すぎで水道水飲むしかないのクソウケるみたいなゆとりらしい愚痴はあれども、そんなのも地元ちびっこ達の笑顔と交流に癒されプラマイプラスだ。
休憩時間については昼食休憩は文句なしだが間に入る7分休憩が謎だったってだけだし、8連勤の体力的不安はあれども、素直に明日も頑張ろうと思っているところ。
本当に気持ち良い幕開けだった。
家に帰ると両親が既に晩餐を開いていた。
ニート生活中、生産性のある予定が全くなかった日は禁酒している私も、今日くらいはとシャワーを終え次第両親と呑んだ。
久々に飲むビールは体内外を洗い流すような快感があった。今日のバイトの話を前菜に、地元の行く末だの面白かった映画だの、話題の肴はコース料理のように様々に立ち替わり、どれもが心地よかった。
仕事を終えて家族と笑いながら酒を飲む。
当たり前のようで、本当に幸せなことが、実家にいる限り何度でも繰り返せるのだ。
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ニート生活を始めてから私は両親と随分近づいたような気がしている。
昔私は家が大変貧乏で、月々増加する家庭内経済ルールで我慢を覚え、さらにそれから余計な心労をかけまいと一切の相談を両親に持ちかけることを辞めた。
そんな娘が今になって会社を一年でやめるだの、上京して編集職に就くだのと突然言い始めたのだ。腹を割って話す機会も当然増えるわけである。
近くに両親がいることは救いでしかない。
救いは甘えであって、恒常的にあっていいもののはずがないと、少なくとも若いうちはそう思い込んでおいて損は無いと思っている、が、しかし、なんというか、酒を飲んで今の心境を振り返れば、悪くないし、というか思ったより愛していることに気づいたのだ、この現状を。
ニートでいることではなくて、呑みたい時に両親を酒に誘えること、誘えるどころか常に近くにいること、盛り上がって愛しくなる地元にいること、だらだらとなんの感慨も湧かない仕事に就いたとして、スキルだなんだとカッコつけず食えるだけの収入を得て家族と仲良く過ごしてみれば、そこにも存外の幸せが、私が思い込んでいた以上の幸せが生活を満たしてくれるような気になったのだ。
気がしたというか、元々気づいてはいたのだけどそれは及第点であって満点ではないだろうなと思っていたのだ。今後人生を見通すにあたって。
でも満点をとる必要がどこにあるんだろうと。及第点が目の前にある実感を得てしまったことで取れるかもわからない満点のために(お金面時間面で)多大なリスクを負う覚悟が、寂しいであろう上京生活を耐える覚悟が、綺麗事でなく私の中にあるか???
一人暮らししていた時より人には甘えることを覚えてしまって着実に弱くなった自分が嫌だったのだけど、そんな自分を捨てたい気持ちもあって上京覚悟した気がするんだけど、これでいいのか後悔しないかの決断が未だにふわふわしてるんです。って話でした。
まあどっちに行っても後悔するんだろうな私は...。