こんばんは、むにさんです。

今回は重たい内容なのでいつもの感じで書くのは違うと思ったのでいつもとは違う書き方をしています。


書こうか、書かないでおこうか、ずっと迷っていました。
でも、今のこの気持ちを「なかったこと」にしたくなくて、記録として残しておこうと思い、書くことにしました。

何か月後、何年後にこれを読み返したとき、
「あのときはこんなふうに思っていたけど、今は幸せだ」と思える日が来たらいいな、そんな願いも込めています。

今回の内容は、いわゆる“性別問題”です。
批判が出るテーマだと思います。
読みたくない方は、ここでそっと閉じてください。

また、私の発達障害の特性にも深く関わる話になります。
嫌な気持ちになりそうな方も、無理せず戻ってください。
これを読んで私と距離を置きたくなった方がいたら、それも大丈夫です。
いろんな考えの人がいて当然だと思っています。

それでは、書いていきます。

まず、私の障害について。
私は発達障害(ASD・ADHD)の診断を受けています。
双極性障害もあり、こちらは手帳も発行されています。

昔から自傷行為もありました。
リストカット、OD、その他いろいろな未遂も経験しています。
これについては明確な診断名はありませんが、そういう過去があります。

2人目を授かる頃は、生活も精神状態も比較的落ち着いていました。
薬は服用していましたが、大きな問題行動もなく、穏やかに過ごせていました。
私も旦那も2人目を望んでいて、計画を立て、減薬をして、妊娠する頃には精神科の薬は漢方と眠剤だけになっていました。

この頃は、性別については「どちらでもいい」という気持ちがまだありました。
でも正直に言うと、どちらかというと女の子希望でした。

排卵日前の行為、ピンクゼリー、体位など、いわゆる産み分けと言われることは一通りやりました。
それでも旦那は「きっと男の子だよ」と言っていました。
私は「女の子だったらいいな」くらいの、ふわっとした気持ちでした。

ちなみに旦那は一人っ子です。
ずっと息子に妹か弟を作ってあげたいと希望していました。
私に障害があることも理解していましたが、落ち着いているし何とかなると思っていたようです。

妊娠してからも、息子と「どっちがいいかな」とよく話していました。
私も息子も女の子希望。
旦那は「どちらでもいいけど女の子も育ててみたい。でも送り出すとき泣いちゃうから男の子がいいかも」と言っていました。

そして、ブログの更新が止まっていた10月25日。
16w4d、5ヶ月の健診の日。

助産師さんが教えてくれる前に、自分でエコーを見て性別がわかってしまいました。

男の子でした。

1人目も男の子だったので、もう一瞬でわかりました。
その瞬間、心の奥がすっと冷えるような感覚がありました。

ジェンダーリビールケーキでの発表も考えていました。
でも義母に「わかったなら早く教えてほしい」と言われ、普通に旦那と義母に伝えました。

それからです。
気力というか、やる気というか、何かがすっと抜けていきました。

正直、楽しみじゃない。
産みたくない。
そこまで気持ちが落ちていきました。

発達障害のこだわりの強さも関係していると思います。
私は女姉妹で、とても仲が良かったです。
母とも仲が良く、2人で旅行に行くくらいの関係でした。

可愛い服を着せたい。
娘と買い物に行きたい。
娘の産んだ孫を抱きたい。
娘がふらっと実家に帰ってきて、他愛ない話をする。

そういう未来を、ずっとどこかで思い描いていました。

旦那は「誰の助けもない環境では無理だ」と言って地元に戻りました。
でも、男の子って基本的に行事ごとでしか帰ってこないイメージがあるんです。
大学進学で県外に出たらほぼ帰ってこないと思っています。
娘は暇があれば実家に帰る。
母と何気ない時間を過ごして帰る。

私もそうでしたし、義母も今でも義祖母の家に行っています。
そういう「娘と母の絆」が欲しかったんです。

書いていて泣けてきます。
本当に叶わないんだと思うと、絶望でした。

男の子が可愛いのはわかっています。
1人目で十分わかっています。
でも「男の子2人もいらない」という気持ちが強くなってしまいました。

うちは新居も経済的余裕もありません。
2人までと決めています。
3人目はありません。

12月に帰省するまでの間、私はかなり不安定になりました。
いきんでみたり、お腹を殴ったりしました。
救急や警察にも何度もお世話になりました。

ご飯が美味しそうで選んだクリニックからは、「精神不安定な人はうちでは診れない」と総合病院に回されました。
そこでは「産みたくない」「通わない」と拒否しました。
産むなら地元で1人目を産んだ産院で産む、と言って帰省しました。

精神科も、妊婦は何かあると大変だからと総合病院へ移されていました。

産みたくないと周囲に話すと、みんな「産んだほうがいい」と言いました。
上司は、自分は男の子が欲しかったけど女の子だったこと。
警察官は、不妊治療中でなかなか授かれないから奇跡だと思ってほしいと泣きながら話してくれました。

本当にいろんな人に背中を押され続けました。

嫌な気持ちをずるずる引きずったまま、ここまで来てしまいました。
今も、産むのは嫌だと思っています。
産んでも面倒を見たくないとまで思っています。

産まれる前から愛されていないなんて、何のために産まれてくるんだろうと考える毎日です。

この気持ちは地元の産院では言えません。
産めなくなるかもしれないから。
精神科の先生には本音を話しています。
「嫌なものは嫌だ。誰にも理解されなくてもいい」と。

旦那には電話で「いい加減受け入れろ」と言われますが、無理です。
こだわりが強いので。

私の夢が全部打ち砕かれた感覚は、きっと誰にも理解されないと思っています。
これは長い時間をかけて、自分の中で消化していくしかないと思っています。

一人目のときのように、毎日アプリを見てニコニコ過ごすこともありません。
気づけば100日も50日も過ぎていました。
何もしていません。

イベントごとは、旦那が喜ぶから準備しています。
それだけが今のモチベーションです。

赤ちゃんには本当に無関心です。
胎動も嬉しくないし、煩わしくて不快に感じます。

あと約1ヶ月で予定日です。
全く楽しみではありません。

ブログでは明るく振る舞っていますが、ずっと鬱状態です。

本当に私は母親になれるのでしょうか。
ネグレクトの未来しか見えません。
上の子は本当に可愛い。
でも、下の子は愛せない気がします。

たくさん吐き出しました。
これが本音です。

わかり合えなくても大丈夫です。
わかろうとしなくても大丈夫です。

でも、これが私で、本当の私の気持ちです。

今日はこの辺にしておきます。
読んでくださった方、ありがとうございました。
不快に思われた方がいたらごめんなさい。

では、また。