フィギュアスケートインストラクター・中庭健介「羽生結弦の心の強さと新たな勢力の台頭」
2015年4月2日
http://www.athlete-japon.com/feature/column20150402.html
フィギュアスケートの世界選手権が中国・上海で行われ、同大会2連覇を狙った羽生結弦選手は2位に終わった。ショートでトップに立ったが、フリーでフェルナンデス選手に逆転され連覇はならなかった。日本勢は、小塚崇彦選手が12位、無良崇人選手は16位だった。
羽生選手はショート、フリーにおいてミスがあったにもかかわらず終始、体の動きがシャープに見えた。後半まで勢いが衰えず、ワクワク感を持続させるような動きだった。ショートのあたまの4T(4回転トゥーループ)でステッピングアウトのミスをし、フリーではあたまの4S(4回転サルコウ)が、2S(2回転サルコウ)になるという大きなミスをしたにもかかわらず高得点をマーク。
この高得点の要因のひとつに、スピンを見てみると非常によく分かるが、音をすごく大切にしていて、すべてのスピンで音に合わせて手を握ったり、ポジションを変えたり、細かいところまで行き届いていた。このようなものがスピンの加点だけでなく、演技構成点でも高い評価を得る要因だっただろう。羽生選手は素晴らしい4回転ジャンプやアクセルに目が行きがちになるが、細かいところが常に進化し続けている。もうひとつの要因として、ショート、フリー共に動きの質が変わっていたことに驚いた。音のアクセントに鋭く体が付いて行き、ショート、フリー共に動きにキレがあった。フリーの後半はジャンプが乱れることなく美しく完璧に決まっただけでなく、体のシャープさや勢いが最後の最後まで衰えなかった。
今大会に出場するにあたっては当初、色々なトラブルの影響で練習がうまく出来ているのかなど、数か月前まで出場出来るのかどうかというような報道があった。非常に難しい調整を強いられたと思う。ジャンプのミスはそこに起因したのではないだろうか。今シーズンは山あり谷ありだったが、その中で頑張ってきた羽生選手の新しい形が見え、来シーズンの楽しみが増えたような内容だった。
羽生選手の活躍の一方で、フリーの第一グループで日本人選手2人が滑ることは正直、予想していなかった。無良選手はグランプリファイナルを経験しているし、少なくともショートで一桁の順位に残ると思っていた。小塚選手も十分力のある選手なので、この2人の順位には驚きを隠せなかった。3人出場している日本は上位2人の順位合計が「13」に届かなかったため、来年の世界選手権の出場枠が3枠から2枠に減った。2008年から3枠を維持してきた日本男子だが、この厳しい現実を真摯に受け止めなければならないと思う。
無良選手はショートのミスが痛かった。転倒にしてもきっちり回転して転倒すれば、3A(3回転アクセル)などは、ディダクション(別の減点)をはぶくと、ジャンプ自体の価値である8点から3点くらい引かれて5点くらいは残る。これが今回のように1A(1回転アクセル)になったら0点になってしまう。そのような意味では、羽生選手はステッピングアウトという、どちらかと言うと点数の残るミスだった。無良選手の順位が上がらなかったひとつの要因は、彼の武器であるアクセルの失敗というよりも、点数にならない失敗をしてしまったことだろう。4回転ジャンプも回転不足だったので、ここでも点数を失ってしまった。3つしかジャンプのないショートで、全てのジャンプで0点及びマイナスがついた状態では、どれだけ素晴らしい成績があった選手でもこのような順位になってしまうのは、ある意味フィギュアスケートの厳しさでもある。
無良選手は24歳だが、フィギュアスケート界では無良選手くらいの年齢になると、進退に関して色々な報道も出てくる。その中で「現役を続ける」、「引退をする」という道がある。個人的には無良選手は、来年もやってくれるだろうと思っている。責任感の強い選手だけに今回、自分が失敗してしまったという思いが強いはず。来シーズンは宇野選手ら若手が台頭し、日本男子の代表争いは激化するだろう。このことが日本男子を成長させるひとつのきっかけになってほしいし、なるだろうと思う。
優勝したフェルナンデス選手と3位のデニス選手は、共に羽生選手と優勝争いをするだろうと予想していただけに、この3人の戦いは非常に見応えたがあった。3選手それぞれに特徴があり、そのキャラクターに乗った演技をして観客を魅了した。
フェルナンデス選手が優勝出来たひとつの要因として、ショート、フリー共に4回転ジャンプを成功させたことが挙げられる。4回転ジャンプをショートで1回、フリーで2回決めた。これで点数が伸び、気持ち的にも良い影響を与えたと思う。同じオーサーコーチに師事する羽生選手とフェルナンデス選手の同門対決となったが、2人は常に切磋琢磨し、フェルナンデス選手は羽生選手をリスペクトしており、敬う気持ちがインタビューからも見受けられた。このような2人のライバル関係があってフェルナンデス選手が磨かれていったと思う。優勝したフェルナンデス選手は、今度は追われる立場になる。国同士の戦いではなく、この2人の争いが男子フィギュアスケート界を発展させていくと思う。そう感じさせる2人の戦いだった。
デニス選手に関しては、「たられば」の話になるが、もしショートのアクシデントがなかったらと思ってしまう。今回のショートでは冒頭で音楽が流れず、これによりリズムに狂いが生じたのだろう。それでもデニス選手は立派な選手なので、これを一切言い訳にしなかった。技術的に高いものが要求されるフィギュアスケートは、数ある採点競技の中でもミスの多い競技である。それだけに不測の事態がデニス選手に与えた影響は大きい。だが彼は演技終了後「これがいい経験になった」とコメントした。この時、すでにフリーに向けての意識があったと思う。それがフリーに生き、フリーでは見事1位の成績だった。ショートの点数が足らず順位こそ3位だったが、21歳にしてカザフスタンという国を背負っているという立ち振る舞いを見ていて非常に好感が持てた。このような選手たちの争いが、よりフィギュアスケートを面白くしていくと思う。
国別対抗戦を残し今シーズンの大きな大会はこれを最後に終了した。今シーズン日本男子にとってこの世界選手権だけを見ると厳しい結果かもしれないが、羽生選手の心の強さや、この世界選手権に出場した無良選手、小塚選手の力だけでなく、村上選手や世界ジュニアチャンピオンの宇野選手といった新しい力も出てきた。このような選手たちが今後の日本男子をさらに盛り上げていってくれることを期待したい。
◆男子総合成績◆
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順位
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選手名
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国
|
合計
|
SP
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フリー
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1
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フェルナンデス | スペイン | 273.90 | 92.74② | 181.16② |
2
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羽生 結弦 | 日本 | 271.08 | 95.20① | 175.88③ |
3
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デニス・テン | カザフスタン | 267.72 | 85.89③ | 181.83① |
12
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小塚 崇彦 | 日本 | 222.69 | 70.15⑲ | 152.54⑨ |
16
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無良 崇人 | 日本 | 211.74 | 64.93㉓ | 146.81⑫ |