「全日本選手権にこだわっています」
 羽生結弦が臨む、年内最後の大舞台。
 松原孝臣 = 文



 フィギュアスケートの選手にとって、全日本選手権は格別の重みを持つ。

 数々の選手が、大会に漂う独特の緊張を口にしてきた。

 その理由の1つが、オリンピックや世界選手権などの代表選考の対象となる大会で
 あること。

 もう1つは、日本の上位の選手が一堂に会す場でもあることだ。
 ましてや、今日では国際大会で多くの日本の選手が活躍している。
 その選手たちが集まるわけだ。緊張や意気込みも特別なものとなる。

 その大会の中で、羽生結弦はさまざまな表情を見せてきた。

 羽生が初めて全日本選手権に出場したのは2008年12月。中学2年生のときのことだ。
 場所は長野市のビッグハット。このとき、8位の成績を残した。
 その次の年には6位となっている。YU

 前シーズンの世界ジュニア選手権優勝などを果たしてシニアに転向した2010年には
 4位で世界選手権代表入りを逃した。

 ショートプログラムで2位となったが、フリーでミスが相次いでの結果だった。

 羽生は言った。

 「自分の持っている力を出せませんでした」

 反省点として残ったのが、「力が入りすぎた」こと、直前の練習でほかの選手と
 ぶつかったことで「集中が切れました」。

 「もっともっと練習していきたいと思います」

 悔しさを露わにしつつ、更なる成長を期した大会だった。



 初の世界選手権をつかんだ2011年。

 2011年にはショート4位からフリー首位で巻き返し、総合3位。初の世界選手権代表を
 つかんだ大会となった。

 フリーを終えた直後には、トリプルサルコウが1回転になったことへの悔しさから
 両手で膝をたたいた。それでも、こう語った。

 「連戦で疲れている中で、この演技が出来てよかったです。ショートプログラム
  から切り替えていけたのもよかったです」

 笑顔だった。



 「全日本選手権という名前にこだわっています」

 初優勝を遂げたのは2012年。

 このときは、ショートでどのような演技を見せるのかにまず注目が集まっていた。
 グランプリファイナルのあと体調を崩し、思うように練習できずに迎えたからだ。

 「(6分間練習でも)駄目で、余裕がなくて緊張で脚が震えました」

 羽生自身、そう振り返った。その中で、トップに立った。

 「緊張していて、表情が作れなかったかなあと思います」

 と、課題を口にしつつ、充実感も示した。

 「難しいブルースを表現するため、全力疾走せずに余裕をもってやるということが、
  つかめてきました」

 「(不安のある中でも)いい演技ができたと思います」

 この大会では、全日本選手権への思いも口にしていた。

 「日本一にこだわっているんじゃなくて、全日本選手権という名前に
  こだわっています」

 ショートのあとでそう語った羽生は、フリーのあとにも言った。

 「ノービス(9~13歳)の頃から、1位になりたいと思っていました」

 羽生にとっても、全日本選手権は特別な大会であったのだ。



 2013年は「心臓が押しつぶされるくらい緊張」

 他の大会にはない緊張や重圧があり、強い思い入れのある大会。
 そのときどきに悔しさを味わい、課題を見出しながら、あるいは手ごたえも
 感じつつ、前へと進む力を得てきた。

 それはソチ五輪代表を決める優勝となった、2013年の全日本選手権でも同様だった。

 「オリンピックの選考を兼ねている全日本は初めてだったので、これほどまでに
  緊張するのかと、ほんとうに心臓が押しつぶされるくらい緊張していました。
  その中でもどれだけ自分のペースを守れるか、今まで学んできたことを実行
  できるかを考えていました」

 今シーズン増えた、羽生の引き出し。

 そんなテーマとともに臨んで優勝したあと、緊張を克服した方法、手ごたえを
 尋ねられると、こう答えた。

 「具体的に何をしたとか何をするとかそういうことは関係なく、とにかく
  今すべきことをただ淡々とやっていました」

 かつてない緊張と向き合いながら過ごした経験は、その後へとつながっていった。

 今シーズン、思いもよらないアクシデントのあった中国杯からNHK杯と、
 ある種の「怒り」とも感じられるような負けん気の強さとともに挑み、
 グランプリファイナルでは滑ることの楽しさ、幸福を感じ取った。
 羽生の引き出しはまた1つ増えたと言えるかもしれない。

 そのように過ごしてきて迎える今回の全日本選手権は、初めて出場したときの
 会場でもある長野のビッグハットで開催される。

 思い出深い場所で、どのような滑りを見せるのか。そして、何を得ることに
 なるのか。

 今大会もまた、羽生が先へ進むための重要なステップの場となる。
 (Number WEB より)