私だけが知っている「羽生結弦の真実」
専属コーチ、ブライアン・オーサーがすべてを明かした
2014年12月17日(水)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41445
転んでも転んでも、観客は大熱狂。それは、羽生だけが持つスター性だ。なぜ彼はここまで人を惹きつけるのか。羽生からの信頼が厚い専属コーチが、知られざる努力とその素顔を、本誌だけに語った。
私もユヅルに魅了されている
なぜ羽生は、転んでも人を惹きつけるのか、ですか?その質問は私がこれまで受けたなかで、ベストなクエスチョンですね。
才能、技術、ルックス……その答えには様々な要素があげられますが、私は彼のスピリットこそが一番の理由だと思います。
ユヅル(羽生)は、スケートが大好きなんです。その情熱には、コーチの私ですら魅了される。私は現役を引退して17年になりますが、私も彼と同じようにスケートを愛し、懸命に練習に取り組んでいた。ユヅルの演技は、その頃の自分を思い出させてくれるんです。
彼の滑りは、そういった感動を私だけでなく、すべての観客に与えている。卓越した技術があるのはもちろんですが、「スケートへの愛」、それこそが、ユヅルの演技をより魅力的なものにしているのです。
そう語るのは、ブライアン・オーサー氏(52歳)。羽生結弦の専属コーチを務める人物だ。
オーサー氏自身も現役時代は、「ミスタートリプルアクセル」の愛称で知られた名選手で、'84年のサラエボオリンピック、'88年のカルガリーオリンピックで連続銀メダルを獲得した。
'88年に現役引退した後は、プロスケーターとして各国でアイスショーに出演し、'06年にキム・ヨナと出会ったことでコーチ業へ転身。'10年のバンクーバーオリンピックではキム・ヨナが金メダルを獲得。その後、'12年から羽生結弦の指導をするようになり、2年という短期間で、'14年2月のソチオリンピックの金メダルに導く。先月20日には、自身の半生をつづった『チーム・ブライアン』(講談社)を出版した。
コーチに就いて以来、羽生の心技体すべてを指導してきたオーサー氏が、彼だけが知る羽生の真実を語った。
ヨナに続き、ユヅルがソチで優勝すると、多くのコーチや選手、メディアから「どうやったら金メダルを獲らせることができるのか?」と聞かれました。私の指導を受けたら、金メダルが獲れる、みなさんそんなふうに思ったのでしょう。事実、ユヅルの優勝後、私のもとには世界中のスケーターから、指導の依頼が殺到しました。
ただ、はっきり言っておきたいのですが、私に何か特別なスキルがあったために、ヨナとユヅルが優勝できたわけではありません。
ユヅルには元々豊かな才能があり、日本でそれを育んだ上で私のところへやって来た。確かに、ユヅルの4回転ジャンプの成功率が上がったのは、私が指導するようになってからですが、すでにトップスケーターとしての素養は持っていたのです。
日本のコーチ、トレーナー、そして家族、様々な人々のサポートによって、現在のユヅルは存在している。私の役割は、彼が才能を開花させられる環境を整えたことに尽きます。
突然「会いたい」と連絡が
ユヅルからオファーが届いた日のことは、よく覚えています。'12年の世界選手権の後のことでした。
ユヅルから「会いたい」と連絡が来たときは、正直驚きましたね。
彼は当時、17歳という若さでしたが、すでにトップスケーターの一人でした。そして私は、現在もユヅルと共に指導しているハビエル・フェルナンデスというスペイン選手のコーチを務めていた。
トップスケーターが、オリンピックを2年後に控えた時期に、ライバルのコーチへオファーを出すということは、ほとんどありえません。対抗心によって自身の練習に集中できない、マンツーマンの場合のようなきめ細やかな指導が受けられない、と考えるものですからね。
そこで私は、本心を聞くため、すぐにカナダから日本へ発ち、ユヅルに会いました。内気な少年、というのが第一印象でしたね。
私は、「なぜオファーを出したんだい?」と聞いた。すると彼は、「僕はトロントへ行ってブライアンと練習したい」とひと言。拙い英語でしたが、それで十分でした。その言葉だけで、彼の情熱が伝わってきたんです。後に詳しく聞いたところ、彼は4回転が得意なハビエルを見て、私の指導に秘密があると考えたみたいですね。
その後、ユヅルが私のもとへやってきたのは、'12年の5月です。私たちはすぐに、トロントにあるホームリンクで、動きや滑りを試しました。とても刺激的な時間でした。
初めて見たときの印象は、とても才能があるが自分をコントロールできていない、というものです。ステップやつなぎでミスをする甘さがあった。悪く言えば雑、よく言えばワイルドでしたね。
それでも私は、前述のとおり、彼のスピリットに心を打たれた。ユヅルはスケートに情熱を持っていて、滑ってジャンプすることが大好きなんだと、ひと目でわかりましたよ。
私は、マンツーマンでつきっきりで指導するということはしません。振り付け、スケーティング、ジャンプなど、それぞれに長けたコーチたちと一緒に、「チーム・ブライアン」を組んで、細かな指導は各分野のスペシャリストに任せているのです。もちろん私が直接指導にあたる場面も多々ありますが、あくまで私はチームの指揮をとり、責任を取る存在に過ぎません。
そのチーム・ブライアンでは、新しい選手が来た場合、必ず基礎トレーニングから始めます。ユヅルのようなトップスケーターでも、それは例外ではない。
彼は面食らったかもしれません。オリンピックまで2年しかないなか、ジャンプを教えてもらおうと思ってはるばるやって来たのに、基礎的な指導が始まったわけですからね。
それでも、ユヅルにはそれが必要でした。というのも、彼はスケーティングが未熟で、それが体力のロスにつながっていたからです。ユヅルはひとつのジャンプが終わると、蹴って蹴って、漕いで漕いで、次のジャンプをしていました。動きがぎこちないために、バランスが崩れ、その分ジャンプやスピンに移る際に、余分な力が加わってしまっていたんです。
ただ、基礎トレーニングの重要性を伝えると、「僕はこの反復練習をします。時間をかけて取り組みます」とすぐに納得してくれた。そういう素直なところも、ユヅルの美徳ですね。
我々のもとで卓抜したスケーティングを身につけた後は、スイスイと移動し、スムーズにジャンプできるようになりました。喘息持ちで、スタミナに課題があったユヅルはこうして、ムダな筋力トレーニングや有酸素運動をすることなく、プログラムをやり通せるようになったのです。
少年が大人になった
そして、技術力が上がったことは、精神面での成長にもつながりました。
よくメンタル面を鍛えることが、トップスケーターをさらに上のレベルへ導く、と主張する人がいます。しかし私は、そうは思いません。技術的なトレーニングこそが、選手の精神力を強くする。それが我々チームの共通認識です。
スケートが上手くなっていると自覚できれば、選手は自信をつける。その証拠に、我々のもとで徹底的に基礎トレーニングを積んだユヅルは、「普段通りにやれば必ず勝てる」と思えるようになりました。
精神面での成長といえば、チームメイトのハビエルの存在も大きかったかもしれません。
ハビエルは'13年と'14年の世界選手権で3位に入ったトップ選手ですが、ユヅルとは正反対の性格です。
ユヅルはすべてに全力を尽くすタイプ。納得のいくまで練習をし続け、さほど重要ではない大会でも、すべて勝ちにいく。これは非常に日本人的な精神で、みなさんがユヅルを応援したくなる理由の一つだと思いますが、ときには力を抜くこともプロの世界では必要です。
その点、ハビエルは才能豊かですが、スペイン人らしく非常にマイペース。気分が乗らなければほとんど練習しませんし、転んでもさほど気にしません。
そんなハビエルと共に練習することで、ユヅルの心にゆとりが生まれました。タイプのまったく違うライバルが同じチームにいることで、良い方向に化学反応が起きたんです。
元々あった才能に、私のもとで技術と精神力が加わった。そうしてユヅルは、今年2月のソチオリンピックで、金メダルを獲得できたのです。
ユヅルはオリンピック・チャンピオンになったことで、さらに成長したと思います。
彼はいまや、世界のフィギュアスケート界を牽引していく存在になった。ユヅル自身にも、その自覚があります。だからこそ11月のNHK杯にも、出場を決意しました。
NHK杯は、直前の中国大会で怪我を負い、コンディションが整わない中での出場でした。トレーニングはしていましたが、「勝つため」ではなく、「回復させる」ためのものでしかありませんでした。
私は「NHK杯には出なくてもいい」と主張しましたが、彼は「絶対に出る」と譲らなかった。その決意を、私には止めることはできなかった。オリンピック・チャンピオンとしてのプライド、より進化したいという情熱があったのでしょう。17歳だった少年は20歳になり、たくましい男性に成長したのです。
ですから、4位という結果は、悲観すべきものではありませんし、12日から始まるグランプリ・ファイナルでは、みなさんが期待しているとおりの演技をできるはずです。怪我は癒えましたし、現在、トレーニング・スケジュールもきっちりこなしていますからね。
目標は2個めの金メダル
ただ、グランプリ・ファイナルはあくまで通過点であることも、みなさんには理解しておいてほしい。私たちが見据えているのはあくまで、4年後、平昌オリンピックでの金メダルです。ユヅルも私に、「2つ目の金メダルを獲りたい」とはっきりと口にしました。だからたとえグランプリ・ファイナルで期待されたような結果が出なかったとしても、それはユヅルの進化の過程と捉えてほしい。今後、様々なことを試しながら、4年後にガッツポーズができるよう、トレーニングを続けていきますよ。
もちろん、まだまだ課題はあります。そのひとつはスタミナ面の向上です。ソチのときは時間がなく、基礎体力を上げるトレーニングができませんでしたが、平昌までは余裕がある。すでにユヅル用の特別プログラムを組み、過酷なトレーニングに取り組んでもらっています。
大人になってきたことに伴う、肉体的な変化にも注意が必要でしょう。彼は細く強いパーフェクトな身体を持っていますが、そこに筋肉がついてくると、バランスの取り方が変わってくる。さほど難しくはありませんが、変化の過程でユヅルが戸惑わないよう、サポートしていくつもりです。
また、彼は「ノー」と言うことも覚えないといけませんね。ソチの金メダルの後、多くの人がユヅルと関わりあいを持とうとし、優しい彼はそのすべてに対応しようとした。ときにそれは、トレーニングに支障をきたすほどでした。平昌オリンピックで勝ちたいのなら、ときには「ノー」と言って、自分の時間を大切にしなければなりません。
英語ももっと上達してほしい。彼は「Yeah」(同意を意味する返事)が口癖なんですが、これを言うときはだいたい理解できていないときです。「Yeah」と言ったときは、いつも説明する前と同じミスをしていますからね。だから最近は、ユヅルが「Yeah」と言ったら、「こっちにこい。話し合おう」と言うようにしています(笑)。そのかいあってか、ユヅルの英語力は日に日に上達していますね。
課題はありますが、ユヅルの今後に心配はしていません。オリンピック・チャンピオンになると、モチベーションを失ってしまう選手も多いですが、彼はまったくそうではありませんから。バンクーバーで金メダルを獲った後のキム・ヨナは、明らかに義務的に滑っていました。スケートを楽しんでいる様子は、まったくありませんでした。一方、羽生はまだまだスケートへの情熱があり、向上心があり、謙虚です。NHK杯後の、「悔しい」というコメント。あれこそが、ユヅルの人間性を象徴している。
ユヅルにはスターであることを楽しんでもらいたい。そして、再び金メダルを獲ってほしい。ユヅルならそれができますし、私はそのための手助けを全身全霊でやっていきますよ。
「週刊現代」2014年12月20日号より