圧巻の羽生!いずれ300点超えも!~GPファイナルを振り返って<第1回>
【佐野稔のフィギュアスケート4回転トーク 2014~15ヴァージョン④】
2014年12月16日(火)【佐野 稔】
●まるで「羽生結弦物語」のようだったGPシリーズ
すごかった。ほかに表現する言葉が見つかりません。16日にバルセロナから帰国したのですが、まだ興奮が残っています。特にフリー冒頭で羽生結弦が決めてみせたサルコゥとトゥ・ループ、2種類の4回転ジャンプは「完璧」。フリーの全体を見ても、昨シーズンのグランプリ(GP)ファイナルや今年2月のソチ五輪の出来を上回るくらい。素晴らしい内容でした。
NHK杯の段階で、すでにジャンプの感覚は戻っていました。公式練習や6分間練習を見ていると、技術的な問題はありませんでした。ところが、本番になって曲が掛かると、NHK杯では余計な力が入っていた。おそらくは練習不足の影響でしょう。ブライアン・オーサーコーチの指示で、このGPファイナルまでのおよそ10日間に、相当な量の音楽を伴っての練習をこなしてきたと聞きましたが、それが功を奏して、今回はショート・プログラム(SP)、フリーともそうした力みは見られませんでした。
またNHK杯終了後、羽生本人が「GPファイナルには挑戦者として臨む」と語っていましたが、そのコメントを聞いたとき、私の期待は膨らんでいました。今シーズンの羽生の演技や発言などを見聞きしていて、あまりにも「五輪金メダリスト&世界王者」にふさわしい選手であろうとして、自分で決めた枠のなかに、自分を押し込めているように感じていたからです。
その結果……中国杯、NHK杯では惨敗を喫した。プライドはうち砕かれたかもしれません。でもそれと引き換えに、ようやく自分を解き放つことができたのではないでしょうか。そうした精神面での変化も、ファイナル優勝の大きな要因になった気がします。
中国杯でのアクシデント、NHK杯での復帰、ギリギリのファイナル進出、そして2連覇。次々と襲いかかる逆境を乗り越えたヒーローが、見事ハッピー・エンドで締めくくる。並大抵の選手にできることではありません。さまざまなことが起きた今シーズンのGPシリーズですが、こうして終わってみると、まるで羽生のために用意された物語のようでした。
●まだ残される可能性 前人未到の300点台も
2位のハビエル・フェルナンデス(スペイン)に30点以上もの大差をつけての優勝ではありましたが、SP、フリーともに、演技最後のルッツ・ジャンプでは転倒してしまいました。まだイメージが固まっていないのか、ルッツだけは、なんとなくシックリきていない様子なのです。この傾向は中国杯の公式練習から、ずっと変わっていません。私の眼には、踏み切る際にお尻から上がっていて、回転軸が傾いてしまっているように映ります。12月26日に開幕する全日本選手権(長野・ビッグハット)に向けた、修正ポイントになるでしょう。
ただ、そうしたマイナスを補って余りあるほど、いまの羽生にはジャンプの伸びやスケーティングなどに、さらなる上達の跡が見られます。ここに来て、また一段と上手くなっている。もう非のうちどころがないレベルです。だから1度転倒したくらいの減点では、ビクともしない。羽生が普通の出来だったら、ちょっとほかの選手は太刀打ちできない。それくらいの“圧倒的な”強さになっています。
さらに付け加えると、中国杯でのアクシデントのために、いまだ実現していませんが、今シーズンはもともとSP、フリーのどちらも、演技の後半に4回転ジャンプを組み込む予定でした。羽生陣営はGPファイナルのままの構成で全日本選手権も行くつもりのようですし、私も全日本ではまず、ノーミスの演技を心がけて欲しいと思います。それができれば、間違いなく優勝でしょうから(笑)。
そのうえで、後半に4回転を跳ぶプログラムを、いつ解禁するのか。ファンのみなさんも注目していることでしょう。来年3月の世界選手権になるのか。それとも、来シーズン以降のことなのか。いずれにせよ、世界一になってもなお、羽生には可能性の余地が残されているのです。そして、その新プログラムが成功したときには、SP100点、フリー200点の合計300得点。そんな前人未到の領域に手が届いても、いまの羽生であれば、不思議はありません。
男子ショート・プログラムのミスの連鎖は羽生が原因?! ~GPファイナルを振り返って<第2回>
2014年12月17日(水)【佐野 稔】
●ミスに沈んだ町田、無良 全日本での巻き返しを期待
羽生の鮮やかな復活劇とは対照的に、町田樹、無良崇人は残念な成績に終わりました。ふたりとも、自分のできるスケートをやり切っての敗戦ではないだけに、余計悔しいことでしょう。特にSPは出場者全体にミスが連鎖して、羽生を除く2位以下の選手は、失敗の度合いがより少なかった順に並んでいったかのようでした。
そうなった理由のひとつは、第一滑走者が羽生だったせいかもしれません。というのも、羽生があれだけのSPをいきなり披露したことで、場内の空気が一気に張り詰めた。「あの演技の上を行かなくては」とばかりに、ものすごい緊張感に包まれたのです。フェルナンデスなどは、地元スペインの大声援が「かえって緊張につながってしまった」と言うほど。本来の滑りを見失っていました。
そのなかにあって、町田は出だしの4回転+3回転の連続ジャンプでの着氷の乱れだけと、ミスを最小限にまとめて、SP2位と表彰台を狙える位置に付けました。ところが、フリーでは冒頭の4回転で転倒すると、どんどん悪循環に陥ってしまった。昨シーズンのスケート・アメリカで優勝して以来、あんな姿の町田は見たことがなかった。
本人も演技後に話していましたが、今シーズン挑戦している「ベートーベン交響曲9番」は、ひじょうに難度が高いプログラムです。コンディション調整の失敗もあったようですが、新しいプログラムに、まだまだ慣れ切っていない印象を受けました。そのため、ひとつリズムを掴み損ねると、取り返しがつかなくなる。こればかりは滑り込みを重ねて、回数をこなしていくしかありません。
無良については、フリー序盤に2度の4回転ジャンプを成功させていながら、後半に入ると「えっ、そこでミスしちゃうの」と思うような場面で、何度もミスをしてしまった。今シーズンは、これまでの課題だった波の大きさを克服して、安定した演技を続けていたのですが。やはり初出場のせいなのか。世界のトップ6人しか出場できないGPファイナル独特の緊張感に、呑み込まれてしまいました。NHK杯が終わったあとと同じことのくり返しになりますが、この苦い経験を活かして、全日本では巻き返してくれることを期待しています。
●日本男子を牽引する“羽生効果”
GPシリーズは10月下旬に開幕して、12月中旬のファイナルまで続く長丁場です。ひとりのアスリートが2ヵ月近くもの間、世界のトップを争うレベルで好調を維持するというのは、それだけでひじょうに困難な作業です。
しかも日本人選手には、GPファイナルの直後に、全日本選手権が控えている。GPファイナルの出場者にしてみたら、どこにピークを持っていくのか。とても過酷なスケジュールになっています。だからこそ、2012年の髙橋大輔、13、14年の羽生によるGPファイナル日本男子3連覇は、称賛に値します。
また、五輪で金メダルを獲得して、その翌シーズンのGPファイナルで優勝した選手は、羽生が初めてです。これまでは多くの金メダリストたちが、次のシーズンを休養やケガの治療に充てていました。もちろん長年必死に追い求めてきた五輪の金メダルが手に入れば、その時点で燃え尽きてもおかしくありませんし、名誉や栄光を守りたくなる気持ちも理解できます。
ですが、羽生は引き続き、今シーズンも戦うことを選択しました。そうやって羽生が世界の頂点に立ち、牽引してくれているおかげで、日本の男子フィギュアのレベルは飛躍的に向上しています。そもそもGPファイナル出場の6選手中、日本人選手が3人いること自体が驚きです。なにせ、あのフィギュア強国のアメリカの選手がひとりも出ていないのですから。シニア、ジュニアを問わず、いまみんなが羽生の背中を追いかけている。世界で最もレベルの高い競争が、いま日本で展開されている。なぜなら、羽生結弦がいるからです。
ジュニアから新しい風の吹く予感~ GPファイナルを振り返って<第3回>
●17歳とは思えないトゥクタミシェワ 完全復活の金メダル
出場6選手のうち、じつに4人がロシア勢だった女子ですが、優勝したエリザベータ・トゥクタミシェワの放つ輝きは、ほかの3人とはやや趣が異なっていました。大人の表現力とでも言うのか。ときに妖艶さすら感じさせる演技は、とても17歳とは思えなかった。
2位に入ったエレーナ・ラジオノワが15歳、ユリア・リプリツカヤとアンナ・ポゴリラヤは16歳と、年齢だけ見れば、それほど大きな差はないのに、トゥクタミシェワが表現する世界と較べると、かなり‘子ども’みたいな印象を受けるほどでした。
トゥクタミシェワは14歳のとき、シニアデビュー戦となった2011年のスケート・カナダでいきなり優勝。ところが、その後体重の増加に苦しみ、関係者の間では「もう終わった」と囁かれていたのです。それが今シーズン、復活を果たしたことで、私も注目していた選手です。
17歳らしからぬ、あの表現力は、そうした挫折を乗り越えたところに由来するのかもしれません。技術的にもひじょうに質が高かったし、SP(ショート・プログラム)、フリーとしっかり揃え、観ていた誰もが納得のGPファイナル制覇でした。
●健闘の本郷だが、足りないものも浮き彫りに
グレイシー・ゴールド(アメリカ)の負傷欠場により、急遽くり上げ出場となった本郷理華ですが、フリーでのジャンプのミスが響き、自身初のGPファイナルは最下位の6位に終わりました。
それでも、SPでは自己最高となる60点台をマークしましたし、ファイナル独特の緊張感のなか、本人なりによく頑張っていた。けっして悪い内容ではありませんでした。
それでもやはり、観ている人を魅了するための技術であったり、柔軟性を活かした振り付けの妙であったりといったところでは、ロシアの選手たちに見劣りがしました。そうした自分に足りないものを目の当たりにできたことが、彼女にとって何よりの収穫だったのではないでしょうか。
シニアデビューしたばかりで、まだ新鋭のイメージがある本郷ですが、今回優勝したトゥクタミシェワや、ソチ五輪金メダリストのアデリーナ・ソトニコワは同じ年の生まれ。そのほかの今回GPファイナルに出場したロシア選手たちは、みんな年下なのです。
いつまでも若手の立場ではいられないのが現実です。26日から始まる全日本選手権には、村上佳菜子や宮原知子といった先輩たちの胸を借りるのではなく、来年3月の世界選手権の出場切符を掴み取るくらいのつもりで、真正面から勝ちに行って欲しいと思います。
(著:佐野 稔)