笑い泣きどなたがヘアメイクを担当されたんでしょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年08月08日 06:40 公開

 

 

《抜粋》

 

その後、2013年2月の四大陸選手権では他の日本代表選手がコンディション不良に苦しむなか、2位という結果を残した羽生。しかし、2回目の出場の世界選手権は苦しんだ。翌年のソチ五輪における日本代表3枠の確保が命題となる大会だったが、SPではジャンプの転倒と両手をつく大きなミスがあって9位。高橋もSP4位と出遅れて、3枠獲得に黄信号が灯った。

 

 不振の原因は体調不良だった。四大陸選手権のあとにインフルエンザに罹患して10日間ほど寝込んだ。そのうえ、練習を再開した直後に左ひざを痛めて1週間ほど滑ることができず、世界選手権には痛み止めを服用して出場している状態だったのだ。

 

 おまけに、フリー当日にも朝の公式練習で足首を痛めてしまう。まさに満身創痍の状態だったが、「ここまで来たら日本代表として悔いのない試合をしたかったし、ショートの悔しさと申し訳なさをぶつけたいと思いました。痛み止めも少し量を抑えて感覚を優先することを選びました」と羽生。

 

 迎えたフリーでは、2本目の4回転サルコウや3回転フリップで乱れは出たものの、ミスはそれだけに抑える執念の滑りを披露。合計244.99点で総合4位に入った。結果、6位になった高橋との合計で五輪代表3枠も確保。羽生は安堵の表情を見せたのだった。

 

(全4P)

 

2026年08月08日 06:45 公開

 

 

《抜粋》

【初の金メダル獲得も怖さを知った】

 

翌日のフリーは最終グループの3番滑走だった羽生だが、「身体が全然動かなくて、6分間練習からすごく焦っていました」という。おかげで「どんな状態でも全力を尽くそうと努力をしていました」としながら、最初の4回転サルコウで転倒。次の4回転トーループはきれいに決めるも、3回転フリップで再度転倒する滑り出しとなった。

 演技の後半に入っても「体力がなくなって足が動かなくなり、マイナスな気持ちが出てしまった」と、予定していた3連続ジャンプは最後の3回転サルコウを跳べないミスも出て、フリーは自己最高得点を25点弱も下回る178.64点。合計280.09点で暫定1位にはなったが、羽生はその時点で「金メダルはダメだと思った」と一度は頂点に立つことを諦めていた。

 

ところが、続くチャンも最初の4回転トーループ+3回転トーループを完璧に跳びながら、次の4回転トーループは手をつく着氷。トリプルアクセルでも大きく着氷を乱した。後半も不安定な滑りとなって合計は275.62点。世界王者にとっても五輪の金メダルを目前にしたプレッシャーは相当なものだったのだ。

 

 こうして、日本勢として男子シングル初の金メダルを獲得した羽生。「本当にびっくりしているとしか言いようがないです」と率直な感想を語った。自身のなかで成功率が高いと自負していた3回転フリップでもミスをした演技については、「はっきり言えば満足してない」と述べ、翌日の記者会見ではこう話した。

 

「昨夜のフリーでは五輪の本当の怖さを知ったし、五輪の重みというものを知った感じがしました。ただ、これが最後ではないし、まだまだ現役を続けていきたいと思っているので、これからも大好きなスケートとともに一生懸命頑張りたいと思っています」

 

 

(全3P)