| 前回太宰府ネタの続きです! |

| 太宰府天満宮の社殿の裏を通って歩く事10分・・天開稲荷社があります! |
| 京都 伏見稲荷大社からの分社で鎌倉時代末期に創建されています。 |
| 天開稲荷社 |


| 稲荷信仰はもともとは『五穀豊穣』の神様・・。 |
| 稲荷の『稲』は読んで字の如くお米でしょ! |
| 農業から産業が発達するにしたがって、現在ではその意味も広がって『商売繁盛』のご利益がある信仰に変わって行きました! |
| どうして太宰府天満宮の敷地内なんでしょか?? |
| 鎌倉末期といえば、福岡は蒙古襲来、いわゆる元寇があり混沌としてた時代・・。 |
| まだ農業が盛んな時代ですので、荒廃した北部九州の復興を願って創建された・・・? |
| もしくは、太宰府が重要な要所になるにしたがって、天満宮がいろんな祭祀を行う際に天満宮が有していない『五穀豊穣』のご利益を持たせるために、天満宮の敷地内に創建された・・・とかね! |
| あくまで私の想像ですが、真に受けないように・・・。 |
| ただ歴史背景やその土地の事情を知っていると色々想像できて面白いですね! |
| あと天開稲荷社の裏には奥の院があります! |


| パワースポット的な感じですが、3~7世紀頃の古墳跡みたいです! |
| 3世紀から7世紀というとこの太宰府天満宮が建てられる前になります! |
| 本当の太宰府の鎮守はこの古墳の持ち主だったかもしれませんね・・・。 |