優しい といわれることがある。
違和感しかない。
私は優しくない。
優しい人というのは妻みたいな
他人を受容し尊重できる人のことで、
私のようなのを形容するとしたら
「偽善」だと思う。私が「優しいですよね」と言われる所以は
発言内容にあるらしいが、
言ってほしいだろうな
この話したいだろうな
褒めてもらいたいんだろうな
そういう事を予測して
聞いたり言ったりしているだけで、
本心なんてこれっぽっちも言ってない。
聞こえのいいことを本人の希望を汲んで
代弁しているだけである。
つまらないし、疲れる。
相手は仲良くなったように錯覚して
距離が近づいたと思うのか、
食事に誘ってきたり
タメ口をきいてきたりする。
私は今までの距離と変わらない。
だから、乖離ができる。
本当に優しい人は、
言いにくいことを本人のために言える人だ。
傷つくことを恐れながらも
本心をぶつけられる人だ。
私のような「偽善者」は
交わらない、繋がらない。
自分の言葉を話してないから。
しかしながら
優しさを発揮して、
本心のまま話してみたら
たいがい嫌な顔をされる。
真実マンマすぎて
聞いていてキツすぎるらしい。
意味わかんねー。
なんでだ?
そうでしかないではないか。
つまり
私はそのまま話せば
人との距離が離れる。
どちらにしても繋がらない。
だから擬態してるだけ。
だから寂しいんだ、と思ってきたんだけど
寂しくないのかもしれない。
みんなと仲良くしなきゃ、という
強迫観念があったけど
しなきゃいけないと思ってただけで
仲良くしなくても本心は辛くないみたい。
だから、言いたいこといって
好きに生きようかな、と
吹っ切れ始めている。
HSPと似ていますが、
スキゾイドというのがあります。
障害じゃなくて、
こういうタイプの人もいて良い
という話。
ホンマそれ!
もうまぁどうしようもないな
私は私でしかない





