畏れや怒りに目を眩まされると、
視野が狭くなる
完璧でないことはしかたがない
人はみな完璧ではない
失敗を許さない心が
体も頭も固くして
皮肉にも
別の失敗を生む土壌をつくる
渦中にあっては、なかなかそのことに気づけない

眇の魚
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蟲師のこの話は、
我々依存症患者にとって学び深い。
★あらすじ
- 母親と行商の旅をしていた少年ヨキは、崖崩れに遭い母親を失う。一人さ迷い歩いた末に深い深い森の中で行き倒れたヨキを助けたのは、「白髪、隻眼の女蟲師ぬい」だった。元より行き場のないヨキはぬいの元にとどまり蟲師としての知識や思考を教えられるが、森とぬいにはヨキの知らない秘密があった……。蟲師ギンコの原点を辿る物語。
「恐れや怒りに、目を眩まされるな。皆、ただそれぞれがあるようにあるだけ。逃れられるモノからは、知恵ある我々が逃れればいい」
夫を亡くし、子を亡くし、
その原因である「蟲」に
肉親を奪われた「ぬい」の言葉。
殺したいほど憎いだろうに。
「なぜこんな恐ろしい蟲、
殺さないで生かしておくのか?」
と、聞かれて答えた言葉。
この言葉は、
なかなか言えるものではないと思う。
しかし、これだけが真実だとも思う。
『蟲師』の世界では、人間と蟲は同じ生命の一部と捉えられる。人間が蟲を殺すこともある。蟲が人間を殺すこともある。しかしそこも含めて同じ世界を生きている。蟲に憑かれて人が死んだとしても、親しい者を失った哀しみは深い悲しみそのままでありつつ、蟲への憎悪や怒りへは必ずしも行き着かない。蟲は美しく「共生」できるような存在ではとうていない。むしろ人間の「敵」に近い。しかし、そういう不気味な隣人と、ある不思議な形で共に生きていくということ。いや、人間の力ではどうにもならない生命の存在を感じ取りながら、卑小なこの生を懸命に生きていくこと。そのための技法を蟲師たちは長い時間の積み重ねの中から学んでいる。
『蟲師』 - 無事の記 より抜粋

