断酒例会 でした。
県外例会に参加した回数や
断酒継続年数にこだわる人がいます。
断酒歴一桁年の自称重鎮の方々ほど、
そんな傾向なような。
その根底は、自己肯定感が低いから。
元より自分に自信がないタイプが
この病に罹っている気がします。
自分に厳しく他人に厳しいが
口には出せない気にしぃで
なかなか合格点が出せない完璧主義者。
典型的なのは、
学歴や業績や偏差値や
ランキングやステータスにこだわるところ。
これ、俺がそうだったなぁと最近思う。
一番じゃなくても
トップクラスじゃないと不安になるのは、
「自信のなさ」の現れ。
何か
具体的なものさしがないと
自分を信じられないから、
わかりやすいものさしにすがる。
逆に
ものさしを信じすぎて
その尺度に合わない他人に対して
排他的になる
高圧的になる
独善的になる
考え方が硬直化しやすい。
はい、
めんどくさい、
気難しい、
いわゆる私ですね。
正直、断酒に限っては
年数や参加回数は関係ないと思う。
心の在り方
人生観
これらのスタンスが変わること。
それが回復している証。
すなわち、
「生きたいから断酒している」かどうか。
償いをするとか
贖罪のためだとか
誰々の為だとか
結局はお題目なのかなと。
本人が
「生きたい」から生きていく。
今断酒に熱中している彼らも
迷惑をかけた家族への償いだと
酒に溺れた自分への罰だと
言っているがその実、
そうやって内罰的で居ることを
自分自身がしたいから
望んで居るから、死なずにまだ生きている。
生きていたい、という願いの別の形。
断酒をキッカケに繋がって生きている
今が、愛おしいから死なずにいる。
そう本当の気持ちを自覚して、
それでいいんだ、と
なんも後ろ盾や保証がなくても
自分で自分に安心できる人生。
それが健全な断酒人生なのかなぁ。
まだまだそんなふうではない。
ぶっちゃけ
必要最低限まで頑張って生きたら
さっさと幕引きしたいって思っている。
単純に生きたいから生きている
には程遠い。
ような気もするし
すでにそうなのに俺だけ分かってない
という気もする。
わからん。
ただ、そうありたいと思うので
まだ捨てたもんじゃないな、
と思いました今日は。


