「新進気鋭の若手実力派」みたいなAさんが次の上司になる。

今までは、昔ながらのドッシリ腰を据えた「漢気溢れる親方」みたいなKさんが上司をしてくれていて、大変心安らかに仕事をさせてもらっていた。

本当に有り難かったなぁ。


「ナンボでもミスせぇ。お前が正しいと思うんやったら、なんでもやってみたらえぇねん!そんでコケそうな時は頼れ!もしコケても、俺が一緒に頭下げに行ったる!お前らは、俺が守ったる。」

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漢だぜ。




KさんよりAさんは10歳は若い。
仕事はデキるし、頭も良いし、良い人だ。

だが、Kさんの絶大な影響力を目の当たりにして、危機感を高めている。
高まり過ぎて、かなり焦っているのが手に取るようにわかる。
焦り過ぎてヤキモキするのだろう。
私に「Kさんはもう担当交代なのに、いつまでいるんやろうな?」と耳打ちし、同意を求めてきたりする始末だ。ちょっとがっかりしてしまったじゃないか。そんな器小さいとこ見たくないよ。
しかも、分からないことがあるなら、恥も外聞もかなぐり捨ててKさんに聞くのが一番早いし正確なのに、プライドが高いのか、聞こうとしないのも、私はなんだか彼に対して意気消沈してしまったのだった。

最年少で現在の役職になり、
自負があるのだろう。
いわゆるエリートだと自覚しているAさん。

エリートは失敗を怖がる。
ミスしないで生きていきたがる。

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ミスしなければ、評価されるだろう。

減点されないからだ。


しかし、減点方式で生きていると、
“人として”重要かつ魅力的な存在となるための“加点要素”を得る機会を失う。

それは、「失敗した数だけ、人は優しく温かくなれる」という真実に由来する。
私は大失敗をするまで、その真実を知らなかった。

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真剣に生きてきた人ほど、
挑戦して生きてきた人ほど、
そのトライアンドエラーの数は
圧倒的に多い。

トライアンドエラーを積み重ねてきた回数が、
尊敬すべき人かどうかの指標であり、
それは往々にして年齢に正比例するから、
自分より年上の話は真理に近い可能性が高い。

だから、年配の方や先輩は、
土台として“尊敬に値する可能性”を有している。

本当に尊敬に値するかどうかは、その人による。
なぜなら、年齢を重ねた人の中には、下らない間違いを何回も無反省に繰り返すただのアホも混じっているからだ。

つまり、
長者=尊敬すべき存在 という等式は、
“より多くの健全な挑戦と失敗と成功から学んできた経験を有する”という必要条件ありきで成り立つ等式だということだ。

私が、年上だからと無遠慮に偉そうにされたり、態度を変えられたりすることに、違和感を感じるのは、そのためだ。

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今までは、私は単純に軽蔑してきた。

自分のほうが年配だとわかると、途端に上から目線になる人を。

“年齢というたった1つのファクターだけで自分のほうが他人よりたくさんの経験と知識を有していると安易に思い込む人間”を、頭悪いやつらだなぁと思ってきたタイプだ。


この世の中では経験上、そういうタイプが過半数を占めている。なぜなら、年齢という分かりやすい指標で自分を優位に立たせられれば、自信がない自分を隠せるし、ひとまず安心だからだ。

短絡的で盲目的なだけだと思っていた。

だが、今回。
「成る程、そう考えてしまう理由もわからなくないなぁ」と思った。